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サウンドトラック
古川日出男『サウンドトラック』、読み終わりました。さっき。

ふー……。
心中穏やかでなし、という訳でも、超興奮状態、という訳でもなく、しかし、確かにドキドキと、微かにしていて、うーん。あまり覚えのない読了感。

とにもかくにも、読み終わりました。
いやぁ、凄かった。壮絶。凄絶。
掌サイズのこの小さなモノから、何でこれほどの熱量を与えるものが湧き出てくるのかと。
考えると、不思議でならない。

疾駆する小説だ、と思いながら読んでた。文章が走ってて、言葉が駆け抜けていく。
圧倒的なスピード感。
そしたら、あとがきで著者自身が、これは「疾走小説」だ、と言っていて、嬉しくなった。共有できている、この人の思いを受け止められている、と思って、嬉しくなった。
しかし、何がそう思わせるんだろう? 文章のリズムか? 選らばれる言葉か?
場面自体が、スピード感あふれてる、というのは確かにそうなんだけども、それだけじゃない緩急の妙があると思う。そう、走りっぱなしではなく。でも、気づくと走ってる。走らされてる、文字を追う目が。言葉を読む気持ちが。


現代の日本の、東京の物語。
今ここにある本当の現実とは別の、違う道を辿った姿を描く。
発売当初にとっては近未来の、アタシが読んだ今現在より少し先の、でも地続きなすぐそこの未来。
ヒートアイランド現象によって熱帯と化し、スコールが降りそそぐ。外国人が急増し、彼らに対する排斥も激化していた。
(文庫版・上巻の裏表紙より抜粋)
そういう東京の、進む何年間のなかで、とてもとてもとてもピュアーに生きる人たちの物語。

偶然にも同じ嵐の夜に、同じ無人島に流れ着いたトウタ(男の子、そのとき6歳)とヒツジコ(女の子、そのとき4歳半)。
二人の、無人島での生活と、彼らが「外界」に再び出会うまで、というような話かと思っていたら、そんな、甘っちょろいものじゃなかった。全然なかった。

彼らは割とすぐに外界と再会する(私は実は、まだ文字も読むことのできない彼らが、どうやってそれ以上の言語を獲得するのか、それが書いてあるかと期待してた。残念ながら見当違いだった。そこに関しては触れられない)。
そして新しい生活の中で、自我を芽生えさせて、その後の生き方を固めていく。とても若者らしく、とても過激なそれを。
彼らは世界と闘争する。彼らにとっての敵である、復讐すべき世界と。

ヒツジコはダンスを踊ることになるのだけど、その描写が見たこともないもので、触れたことのない表現でなされていて、でも確かに、明確に映像は浮かばないまでも読書を補うだけの想像力は喚起させて、させられて、舌を巻いた。
なんだこれ。すげぇ。
この人、自分で「見えて」て書いてるのかな? その見えてるものに、書いてる言葉は追いついてるのかな? もしくは追い越しちゃってたりしないのかな? ちゃんと、ぴったり寄り添ってんのかな。
本人に聞いてみたい。

トウタとヒツジコと、それからレニという子どもが主要人物で物語の柱としているのだけど、彼らのピュアさが、ピュアだ、と直接の表現では書かれていないけど、滲み出ていて、明らかに「そういう」子たちで、それに打たれた。
カツーンと打たれました。ピュアーすぎる、その闘いぶりに。
私は君たちが大好きだ、と思う。
その中に抱える昏い黒いものを、押し込めて、いや違うな、存分に解放させながら、撒き散らしながら、まっすぐに突き進めばいい。
闘い続けろ。そうして君たちが不幸せにはならないのだったら。
アタシはそれに追随するよ。


文庫本で読んだのだけど、上下巻に分けたのは、そこまでの売れが見込めなかったからなのかしら(単行本は一冊)。実際、売れてないのかなぁ、そんなに。発売当初の話題性とか、どんな感じだったのか。『ベルカ、…』は結構いろんなところで評価されてるのを見た気がするけど。

これは売れて然るべきだ。然るべきですよ。絶対。だって凄く、飛び抜けてるもの。
……でも、amazonのレビューでは2つ星ついてるのもあって、うーん そうかぁ…。面白くない人も、いるんだねぇ。
アタシが東野やハルキを嫌いなのと同じことか。それを好きな人もいて、嫌いな人もいて。
不思議で、面白いことだねぇ。
サウンドトラック_b0026230_23591282.jpgサウンドトラック_b0026230_23594141.jpg
by ling-mu.m | 2009-01-29 00:22 | 活字/漫画
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