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宣伝というか告知というか
アタクシ只今、演劇祭のボランティアスタッフやっております。
所属としては広報部。
という訳で、宣伝。
読んだ人はー、
来て!

東京国際芸術祭(TIF)は、NPO法人アートネットワーク・ジャパン(ANJ)が主催をする演劇祭で、今年で7年目の開催になります。
21世紀に入るまでは、東京国際舞台芸術フェスティバルという名前だったらしい。
主催もちょっと違ったりしたのかな? その辺の歴史は、アタシもよく分かってません。ごめん。
何せアタシ自身、一度も観に行ったことがないんだ。
去年はフライヤーのいっぱい挟まったパンフレットを見て、行こうかなーと思ってるうちに終わってしまった・・・。
そして今年も開催を待っていたとかいう訳でもなく。
たまたま見つけたスタッフ募集のチラシが、アタシを導いてくれたのです。

ひきこもりが頑張ってます。
何かみんな忙しそうだし。ちょっと羨ましいし、そういうの。
バイトだけで過ごす春休みをやめてみました。

開催は2月10日~3月27日。公演期間はそれぞれ違います。
インターナショナル、と付いているだけに、国際色豊かなラインナップになっております。
今年の演目を挙げますと、

【アメリカ現代戯曲&劇作家シリーズVol.1 ドラマリーディング】
アメリカの劇作家が書いた戯曲を、日本人が演出するドラマリーディング。
A『メイヘム』
B『アクト・ア・レディ~アメリカ中西部ドラッグショー』
C『ベラージオ;もしくはメタル製のすべてのもの;もしくはおじいちゃんがパパを射殺させる時』
D『セックスハビッツ・オブ・アメリカウィメン』

【スレイマン・アルバッサーム・シアター『カリラ・ワ・ディムナ・王子たちの鏡』】
クウェートの作品。英語上演・日本語字幕付。

【ヤスミン・ゴデール振付『ストロベリークリームと火薬』】
イスラエルのダンス作品。個人的に、チラシがすごく好きだ。

【ドイツ座『エミーリア・ガロッティ』】
ドイツの作品。ドイツ語上演・日本語字幕付。

【日本作品】
ベケット・ライブVol.7『見ちがい言いちがい』
サミュエル・ベケット原作のホンを、ひとり芝居にしたもの。

『冬の花火、春の枯葉』
太宰治の戯曲。アタシは太宰が戯曲を書いてたことを知らなかった・・・。かなり観たい。

『4.48サイコシス』
サラ・ケインの戯曲。デビュー4年後に自殺してしまった人。痛そうだけど、惹かれるよね。

【リージョナルシアター・シリーズ】
東京以外の地域で活躍する劇団を呼んでいます。
劇団Ugly duckling『改訂版さっちゃん』(大阪)
劇団時報『親密な他人』(盛岡)
劇団SKグループ『再演A。』(札幌)
北九州芸術劇場×飛ぶ教室『IRON』(北九州)

公演の場所は、主に西巣鴨にありますにしすがも創造舎の特設舞台です。
ここは廃校になった中学校を利用していて、舞台は体育館に組まれます。
アタシは足繁くここに通う日々な訳ですが、ノスタルジックで素敵。
「学校」に対して良いイメージを持っていなくても、否応なく、懐かしくなってしまうものみたいです。
以前ワセジャニでお世話になった芸能花伝舎も廃校になった小学校を利用した施設でしたが、そこより、まだ学校くささが随所に残ってる。
体育館で観劇なんて、空間がもう既にすごく面白い。

下北沢や埼玉で公演されるものもあるので、詳しくはHPを見てみてください。
読み応えあるよ。
そして興味を持ったら是非、足を運んで欲しい。
刺激のある時間を過ごせますこと、請け合いです。
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by ling-mu.m | 2006-01-31 00:42 | 芝居/舞台
べつにようじはない
今月は記事がやたら多い・・・暇人振りが表れててアレなんですが、芝居の記事を書けてるので、まぁ、よし。
ちょっと疲れ気味なので、いしいしんじのごはん日記で心を潤す。
もうすぐパパになる いしいさんです。
お子さんが生まれたあと、書くものにどう表れてくるかが今から楽しみだ。


今日、一年に三回ぐらい手帳を変える、という人に出会いました。
軽く目から鱗だった。
そうかーそういうことしてもいいのか! と。確かに手帳って飽きるが。
アタシは収集癖があるというか、蓄積したがりなので、使い切ったり溜まっていく物に満足を覚えるタチでして。
手帳を途中で変えるという発想はなかったなぁ。
勿体ないって言うのもあるけど。
でもその自由な感じが羨ましいと思った。
色んな人がいるね。


バイトの古株さんたちが、立て続けにやめてしまいます。三人。
すごくお世話になってるし大好きな人たちだったので、非常に寂しい。
司法試験に受かったり希望の編集部バイトが決まったり就職活動したり、という理由で辞めてゆく。
仕方ないし、喜ばしいことです。


この春休みは一人旅ナシで芝居を観るのも控えることにしました。
ちょっと我慢の時。でも自分のために。
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by ling-mu.m | 2006-01-28 01:28 | 日々
蝶の数え方は匹じゃなくて頭
ちょうちょ だと黄色
蝶だとムラサキ
ちょうちょうって語感が嫌い
てふてふ なら白
飯田橋 九段下 吉祥寺 中野 池袋 横浜 神奈川 金沢は黄色
三鷹は赤、三軒茶屋は えんじ
巣鴨は うぐいす、西船橋は水色
渋谷は きみどり、新宿は青銀
恵比寿は茶色、仙台は白
北九州と午後も黄色い
午前はうす水色、水彩絵の具の青をちょびっと、びしゃびしゃの筆で塗るみたいな
みんな も黄色い、交差点と名古屋も
愛知は紅、群馬は群青
秘密は乳白、ゼロは透明のプラスチック
休暇は黄色、休憩は違う色











甘えないってのはつまり、他人に優しくするってことなんだ
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by ling-mu.m | 2006-01-26 00:07 | 思慮
クラウディアからの手紙
三浦大輔さん、獲りましたね。岸田國士賞。次回公演のチケットさっさと予約せにゃかな。
長塚さん(実はそんなにタレ目じゃないかも知んない)はまたオアヅケですか・・・残念。

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二日も前の話になってしまいましたが、久し振りに世田谷パブリックシアターに赴き、「クラウディアからの手紙」を観て来ました。
以前「時には父のない子のように」のチケットが取れなかったので、佐々木 蔵之介リベンジ、てことで。
三階の四列目という、一番遠くの一番上から舞台を見下ろす席でしたが、そんなには見にくくなかった。やっぱり世田パブは好きです。
しかし今回も何処ぞのおばちゃんズに気分を害され・・・神経質な自分もいかんが、他人と空間を共有するってことを分かってない人間は大っ嫌いだ。
何やかんや言われてるが、劇場内においては若者の方がマナーはいい。絶対。

第二次世界大戦中、朝鮮に移り住んだ蜂谷弥三郎(佐々木 蔵之介)は、そこで終戦を迎えた。
まさに日本に引き上げようという時、彼はソ連軍に捕まり、妻子と引き離されてしまう。
身に覚えのない弥三郎は、二・三日で帰れる筈だと妻・久子(高橋惠子)に言って別れる。
それが、五十余年の決別の始まりだった。
弥三郎はスパイ容疑をかけられていた。それは、異国の地で日本人が寄り集まって暮らす村に来た時、自分の家族と一緒に食事をしないかと弥三郎が誘った男の言に因っていた。
身の潔白を証明するためにひたすら「自分はスパイじゃない」と言い続ける弥三郎。
しかし、ロシア側は聞く耳を持たない。容疑を認めない弥三郎は、極寒の地・シベリアで抑留され、まさに地を這いながら、十年の囚人生活を送る。
刑期を終え出所したものの、スパイ容疑を被ったままの彼には、日本帰国が許されない。
生きていくための術として刑務所で身につけた理髪師の腕をもって、彼は生き抜こうとする。
そんな折、自分と同じような境遇に置かれたクラウディアというロシア人女性と出会う。

事実に基づいた話だそうで、名前も実名のようです。
弥三郎さんは57年のロシア生活の末、日本に帰って来ることができました。
その時、弥三郎さんは87歳。日本で一人、娘を育てながら待ち続けた久子さんは88歳。クラウディアさんは84歳。
私などには想像もつかない、まさに壮絶な人生だったのだと思います。

善良で、親切な芝居だと思いました。
何人かが狂言回しを交代で務め(でも基本的には弥三郎の同僚役の山西 惇。好き。)、説明過多でかつ分かり易い。
場面転換も明解で、これは演出上だと思う(思いたい)けど、一幕の終わりのシィンを二幕の始まりでやるという、週間漫画か連ドラかということをしていて。
話も至ってシンプルで、きっと色んな物を削ぎ落とす形で作られたのだと思う。

これは非常に・・・初心者に優しいお芝居だ、と、思ったのです。
これが初めて観るお芝居だったら、それは結構 幸せなことだと思う。
すんなりと、芝居っていいわね。と思えるんじゃないかと。アタシは考えるのですが。
分かり易くて、役者も上手くて(若い衆はみんな下手だったが)、舞台技術のクオリティも高くて。
凄くイイカンジに、初心者向けにできてるなと。むしろ それを狙ったんじゃないかなと。

だから、という訳でもないけれど、アタシは物足りないと感じました。
人間の心ってこんなにシンプルじゃないし、善良じゃないし。
だってさぁ・・・だって、嘘みたいなんだもん。
本当にあった話ですよ、て差し出されてるのに、信じられないんだもん。
それだけの説得力が、舞台上で展開されたものの中にあるとは思えなかった。
信じられるのは最後に流された弥三郎さんと久子さんがJR鳥取駅で再会した実際の映像(NHKが撮ってた)と、三人の写真と。それだけ。
そして、やっぱり それを流すことは卑怯だと思うの。禁じ手だと思うの。
逆に言えば、それを出したことで「これは あくまでドキュメンタリィですよ」と提示された、でも舞台はあくまで作り物で、迫真の演技と言っても演技は演技だ。慟哭も嘆息も本物じゃないし、大体にして そこまで真に迫るものは感じられなかった。

奇蹟の事実を無難に泣ける物語に仕立て上げました。そういう感じ。
客席からはすすり泣きの嵐でした。それが素直な受け取り方なんだと思う。

思想が見えない。
久子の台詞で、これがソ連のやり方か! という言葉を受けて、二回「いいえ、スターリンのやり方よ!」と言うのがあって、他にも諸々、戦争への提言は見え隠れするのだけども、芯が通っていない。

始まりのシィンはもっのすごく良かった。ピンと張り詰めた空気に、緊張感があって。
合間合間のダンスはどうなのかと思った。効果を成していない気がする。
イデビアン・クルーの井手茂太さん振付ですが、もっと上手い活かし方はあったんじゃないかと疑問。
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by ling-mu.m | 2006-01-25 00:28 | 芝居/舞台
雪の降った日
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電線

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鳥もいない

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線路

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降る

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積もる

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降る

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積もる

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雪の華

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大輪
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by ling-mu.m | 2006-01-22 01:42 | 日々
卒論について考えてみたりする
「男の夢」、早速 見逃す。あーあ。
仁君が出るというので「神はサイコロを振らない」を見る。ちょびっっっとしか出なかった。
まだ第一話だし。市川実日子にスポット当たる話がきっとあるから、そこで出張る筈だ。彼女の旦那役なので。

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レポートに乗じて、いしいしんじ について語ってみた。
雑誌や新聞のインタビューや特集記事、彼の書いた書評など、資料集めをして、斜め読みでだけど、彼の著作を改めて読み返す。
かなり楽しい作業だった。
付箋貼って蛍光ペンで線引いて、いつだかに寺山修司の劇場都市についてレジュメ作った時ばりに楽しかった。
いしい作品の何に自分が惹かれてるのか、整頓して考えるいい機会にもなった。
そうやって作業を進めて、実際にレポートを書いて、そういうことしてるうちに卒論は いしいしんじ でやろうか、と思えてきた。
今まで卒論のことなんか大して考えてもこなかったけども。
多分 論文より小説の方が楽だからそっちに流れるんだろうな、とすると創作指導を取らんといかんな、という程度で。
でも、折角 現代作家で卒論書ける所にいるんだし。
論文があふれ返ってる作家で書くよりは、よっぽど楽しいんじゃなかろうかと。
思ったんですが。
取り敢えず、そういう方向で引き続き資料集めなり読み砕きなりをしていこうかと思った、テスト最終日。
あとレポート一本しあげれば春休みだーい。

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ユリイカと美術手帖の最新号が、図らずも(だと思うけど・・・)漫画の特集。
勿論アプローチの仕方は違いますが、パラパラ見てみるとユリイカの方が興味ひかれますな。
あずまきよひこインタビューだけマジ読みしてきた。学校の図書館で。
「よつばと!」はやはり、「あずまんが大王」で定着してしまった萌え系作家というイメェジを払拭したい思いのもとに描かれていると。
うんうん。そういう志は、大事。
「あずまんが大王」も無論 好きだが。でも、それはあくまで4コマギャグマンガという側面を離れなかったからだと思う。エロマンガになった時点で興味は失せるから。
まぁ あずまさん自身、同人誌やってた人なので出身は萌えなのかも知れませんが。

言葉が氾濫しすぎてうるさくなるのは嫌な現象です。
「萌え」は別にアタシにとって大事な言葉ではないからどうでもいいんだけど、「カリスマ」が、美容師とワイドショウのおかげで普通の、何でもないツマラナイ言葉になってしまったのは本当に残念なことで。
もっとこう、キラキラした、素敵な言葉だった筈なのに。


美手帖の村田蓮爾表紙はあの小ささでも見蕩れてしまいます。ゲイジツ!
でも、少女マンガの注目作品で、NANAとか最遊記とか、普通のんが取り上げられてんのはどうなのと。やたらと人気があるってだけではないのかと。まぁ、要は何で いくえみ綾とか よしながふみ じゃないんだーという文句なだけですが。マジョリティではないかな確かにな・・・。
特集がそもそも「マンガは芸術か?」だしな。絵が綺麗なん選びますわな、そりゃ。

今 気になってるのは「団地ともお」。結構な巻数を重ねているようなので なかなか手をつけられず。
「働きマン」の3巻はまだですかっ! でも安野さん描き過ぎだよね。体 壊さんでほしいな。
どっちか(ユリイカかな)に浦澤直樹の写真が載ってたんだけど、若いんですね! ずっと昔から描いてるから結構 年いってるかと思いきや。若く見えるってだけかな。四十ぐらいに見えた。
レポート終わっても雑誌類 読みにしばらく学校に行こうかと思います。凄い量のバックナンバーがあることを知った二年目の冬。実は凄いんだな学校図書館。むっかーしの新聞も読めるし。
でもダ・ヴィンチが商学部読書室にしかないのは間違いだと思うの。それこそ文学部図書館にあって然るべきものなんじゃないかと思うの。うん。
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by ling-mu.m | 2006-01-19 01:31 | いしいしんじ
ダンスがみたい! 新人シリーズ4
学校に行ったら、日曜だというのにスーツ姿の人が続々とキャンパスに集まっていた。
大規模な企業説明会があったようです。
あ・・・あと一年は遊んですごしてやるもんっ(でも単位はヤバイので呼んで下さい)。

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昨日はどしゃ降りの雨の中、神楽坂die pratzeへ、友達の踊るのを観に。
「ダンスがみたい! 新人シリーズ4」のDグループでした。
以前、横浜にて同じ演目を観た(「ラボ20 #18」)のだけども、まぁ折角だし、と思って二度目。
今回は劇場内に知り合いが何人かいて、普段はそういうことが全くもって皆無なので、実はちょっと楽しかったです。

我が友のKeM-kemunimaku-Projectは、三人の女の子が三本、色違いのビニテ(かな?)の直線の上に立っていて、線に沿ってそれぞれが行ったり来たりする。ゆっくりと歩き出すところから始まり、最後は全力疾走で終わる。
一瞬の暗転の中に響く荒い息遣いは、二度目もその生々しさにぞくぞくした。

前回は、三人の動きが決して秩序立たないことにばかり目がいってた。
三人が足並みを揃えて動くことは決してなく、二対一になることもなく、ひたすら「ひとり」で、動き続ける。
横を見ることもしない。
話しかけることもない。
決して交わることがない。
それが面白いと思った。
今回はもうそれが分かっていたからか、逆に、今 揃っちゃってるんじゃないか? と思う瞬間が何度かあった。
でも今 考えてみれば、それはそれで全くいいことなんだよね。
「たまたま」揃ってしまったという構図も、充分に意味を持つというか。
要は三人がお互いに「無関心」であることが重要な訳で、その偶然は本当にただの偶然で、そうして彼女たちにとっては意味のない偶然なんだ。
「無関心」て言葉が出てきたのは今回。こないだは考えなかった。

追われてる風でもない、かと言って何かを必死で追っているという感じでもない。
目的のない疾走。
あるとすれば「空っぽ」になること、かな。
走りたくなりました。


二組目「和~yori~」という、大柄な女の人のソロで、これはもうただただ身体の美しさを楽しんだ、という感じ。
肉体美。
今まで数少ないダンス観た経験の中で、「肉体」という言葉を思ったのは多分 初めてだと思う。
「身体」はあったけど。
とても狭いハコで、鍛え抜かれた筋肉を、それが動く様を、目の当たりにしたから出てきた言葉だと思う。

ただ、踊っているだけならそれに見蕩れていればいい訳だけど、途中で喋り出されてしまって、困った。
いつもの悪い癖で、「うわ、解釈しなきゃ!」て。
多分この数秒後に台詞が発せられるんだろうな、という確かな間の後に言葉がきて、心構えはしてあったけど、アタシだったらここに何を言わせるか、などということも考えていたりしたけども、いざ喋り始められると、ううう、これは何を表しているのだ踊りとどう関係があるのだ? と。
気持ちよく止まっていた思考が回転し始めてしまう訳だ。
世界観、かな、と。
軽い感じで受け止めておきました。

三組目は四人組の「KAPPA-TE」。女3・男1。
揃って結構な大柄。やはりここでも「肉体」を思う。
途中で考えるのをやめて、その美しさ、四人という人数でのフォーメイション、を楽しむことにした。
最初はなかなか絡まなくて じれったかったけど、絡み始めたらコレが非常に面白い。
一組目は絡まない三人、二組目はソロだったからか尚更、人と人が一緒に踊るとこんなに見応えがあるんだと思って。

誰かがいて、またその人じゃない誰かがいて、人が二人以上いて初めて、真似るとか逆のことをするとか対称になるとか無視するとか縋るとか、そういうことができるんだ。
そんなことを改めて感じて、感動してみたり。
でも何より凄かったのは、女の人が男の人を、一瞬とは言えリフトしていたことです。
アレには目を剥いた。すげーぇ軽やかなんだもん。


総じて非常に充実した時間でした。
理屈こねくりまわすのを割と自然にやめれてたからかな。
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by ling-mu.m | 2006-01-16 02:20 | 芝居/舞台
原田郁子×いしいしんじ
クラムボンのVo.原田郁子ソロアルバム「ピアノ」は私の数少ないヘビロテアイテムですが、その中に愛する いしいしんじ が詞を提供している曲があったことを今さっき知りました。
それがアタシの好きな曲だったから尚 嬉しい。
うー。素敵さ200パーセントですなっ。
「かじき釣り」と「海からの風」。
あーよく聞くとちゃんと いしいワールドだよ。
明日はこの二曲をひたすらリピートしていることでしょう・・・ほら、アタシ、好きなものにはしつこいからさ。うん。

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さー。「山の音」読むかー。
まだ半分だ。明日にはレジュメ作って先生んとこもってかなきゃならんのだが大丈夫だらうか・・・。いや、大丈夫にせにゃいけんのだが。
かなり読みやすいんだけどね。風景が美しい。

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今日は神楽坂で「ダンスがみたい! 新人シリーズ4」を観て来たので、ひと段落したら感想をあげたいです。
今回はちゃんと言葉にできそうだぞ。
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by ling-mu.m | 2006-01-15 01:04 | 音楽
シェリ
b0026230_0344329.jpgコレット・作
工藤庸子・訳

授業の課題図書として読んだら、なかなか面白かった作品。
ホントは発表課題の川端康成「山の音」を読まなきゃいかんのだが、それそっちのけでハマってしまいました。
まぁどっちも冬休み中の課題だったんだけどね。買ったの学校 始まってからだしね。









非常に読みやすい文章です。フランス文学。
海外小説、しかも古い(1923年)作品なので、やはり登場人物が饒舌です。
でも「喋りまくり!」という程ではない。

主人公は裏社交界で娼婦をしていたレアという女性。まもなく五十歳。
彼女には二十四つ離れた二十五歳の恋人がいて、シェリ(愛しい人)と呼び、可愛がり育てて来た。
しかし、シェリが結婚をすることになり、二人は六年間の関係に終止符を打つことになる。
訪れた別れに、お互いに平気な顔をしながらも心底では深く傷ついた二人。
レアは独り旅に出、それを知ったシェリは荒れて家出をし遊び歩く日々を送る。
半年後、レアはパリに帰って来て、シェリと再会を果たす。
それは、離れてみて初めてお互いの大切さ、愛おしさを痛感した二人の、新たな始まりのように思えた。
しかし、朝日の中でシェリは見るのだ。レアの、寄る年波には勝てぬ、衰えた肉体を。

最高級の娼婦として人生を過ごしてきたレアは、流石に逞しく豪気な女性です。
プライドも高いが懐も深い。豊かな財政で優雅な暮らしをし、年をとっても尚美しく、若々しい人。
同じ職で昔なじみの女が産んで産みっぱなしにしていたがためにとんだ放蕩息子に育ってしまったシェリを、手篭めにして猫っ可愛がりする。
逆光源氏のような関係。
シェリ(どうしてもシャリと打ってしまう・・・)は、飼い慣らされない自由奔放さを見せながらも、その実、彼女にどっぷりと甘やかされ、いつまでも無知で愚かでワガママな男のままでいる。
シェリはそれを自分で選びとった道のように考えているかもしれないが、レアにとっては、自分がそうさせてやっているんだ、という誇りや自信に繋がっていただろう。
いつまでも自分の元にいる、可愛いペットだと思っていた男が、しかし突如 去ってしまう。
取り乱す訳にはいかない、余裕がないところを見せてはいけない。
そうは思えど、彼女の心は素直だった。
シェリが離れて行ってしまえば彼女の心は途端にくずおれ、とても彼が新婚生活を送る傍にはいられなくなる。
そうしてレアはパリを去り、そのことで、シェリもまた初めてレアを心底から求めていた自分に気付く。
この辺りのシェリは非常に可愛い。大体にして只の馬鹿な男なのだが、ここに関してはその弱さに可愛さを見出せる。
妻が頭痛を訴えた時、彼は思わず言ってしまいそうになるのだ、
  「待ってろ、泣くなよ、今ヌヌーン(レアのこと)をつれてくるから、
   そうしたら治してもらえるから・・・・・・」
レアを頼りきっていたシェリ。
レアを母親のように慕っていたシェリ。
レアの敗因はそこだった。
シェリにとって、レアは恋人である前に母親だったのだ。
父親は何処の誰とも知れず、子を生んで尚遊び歩く母親にはロクに育てられず躾もされず(彼は幼い頃、空腹で胃痙攣を起こした経験を持つ)、だから彼は親の愛情というものを知らない。
そんな彼に寛大な優しさと慈悲を見せてくれた女、それがレアだった。
シェリはきっと包み込まれる愛に飢えていた。それを与えてくれる人がレアだった。
しかし、子はいつか親の元を巣立たねばならない。
シェリもまた然りだ。

レアと再会を果たしたシェリは、朝日に晒される彼女の身体に醜さを見出す。
肌や皺、今までは愛しいと思っていた様々が、醜悪に見えてたまらなくなる。
そこで彼の心はきれいな下降線を描いたのだろう。
そして、朝食における彼女のパンを食べろとか下剤を飲めとか言う小言が、決定打となる。
息子は、母を煩わしく思ったのだ。
そしてシェリはレアに別れを告げる。
愚かな少年は、やっと まともな大人への一歩を、そこで踏み出すことになるのだ。

レアの失恋物語であり、シェリの自立物語でもある。
二人以外の登場人物もなかなか魅力的です。
特にシェリの奥さんになるエドメが好き。
レアの存在に嫉妬し不安になりながらも、またシェリの傲慢さやワガママに不安になりながらも、気丈に耐えて逃げ出さない。
レアとは違った形で、この子もまた強い少女です。
若さという味方が在るのが大きいのかもしれない。まだ十九歳ですから。
願わくば、彼女の元に戻ったシェリが、幸せな家庭を二人で築きますよう。
レアが幸せになることは、きっともうありえないだろうから。
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by ling-mu.m | 2006-01-14 01:24 | 活字/漫画
妹さんの
就職が決まりました。
めでたい。
ドッグトレーナーの専門に二年間 通った彼女は、春からそんな感じの仕事をするそうです。

彼女の卒業記念(と言うのも何だかおかしな話だが・・・)に、犬連れで伊豆あたりに行こうという話があったのだけども、諸々の用事とバイトとの兼ね合いでアタシが行けそうもなくなり、おかんが拗ねやがりました。
いい歳こいて・・・と思うが、親としては子供たちと旅行に行くなんてもう そうそう無いという気持ちがあるのかしらん。
汲み取ってあげなきゃいかんのかね。
うーん。めんどくさい。
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by ling-mu.m | 2006-01-12 00:58 | 日々