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友達の、の、の
バイトずる休みして有意義な連休。

昨日、友達が出演する学生演劇を観てきた。
今日、友達が出演するダンスワークショップの発表会を観てきた。
明日、友達が出展してるグループ展を観に行く。

アタシは今まであまりにも「観る」行為をしてこなくて、すごく経験値が足りないから、観に来いと言われれば都合がつく限り行くようにしている。
例え面白くないものでも全然 問題ない。それを「面白くない」と思う自分の感性と出会えるから。

学生演劇にはもう結構 前に飽きてしまって、そのレベルの程度も知れたし、知り合いが出ているというのでなければ観には行かない。
出演者の身内が受けている姿、というのがどうも苦手なのだ。純粋に芝居を観ていない感じで、いやらしい気がする。もっと単純に、場違いな笑いや話し声がウザイ、というのもある。
それにやっぱり、それなりの面白さしかない。お金を払って時間を割いて、そうまでして観る価値が見出せない。
これはきっと個人はもとより、劇団としてのキャリアが大きく関係してくるのだろうから、仕方ないことだ。地道に年月を積んで、いつかまた出会えればと思う。

ダンスの発表会は、色んなコースの受講生がそれぞれ、その成果を披露するというもの。
ちなみにワークショップの期間は5日間だそうだ。
アタシの友達は矢内原美邦(有名人らしい。アタシはまだまだ勉強不足だ・・・)が振り付けをしたコンテンポラリーダンスに参加。
彼女の出番まで、フラメンコ、バロック、ボディコンディショニング、クラシックバレエの発表を観る。
フラメンコは、人の振り見ながらおどおどやってるおばさんにばかり目が行ってしまった。
上手いんだか下手なんだかって判断はつかなかったけど、退屈だった。何か大人しいんだもん。もっと激しく動くものなのかと思ってた。そして私は激しい方が好き。
だから次のバロックダンスも半分 寝てた。宮廷舞踏、ていうだけに、お上品で面白みがない。
ボディコンディショニングは、要はストレッチなのかな。これは、見てたら自分も体 伸ばしたくなった。姿勢が悪くて運動もしてないし、常に肩と腰が痛い私です。ストレッチ、習慣づけようかな。
で、次のクラシックバレエ、これが思いの外 面白くて。
クラスワークてことで、教室を舞台で再現した感じで、先生が指示を出しながら生徒さんが踊るんだけど、ピアノが生演奏で。
先生が、体格いい男の人で、ヨーロッパの人かな。結構な巨体なのに、すごく軽々と宙を舞うの。そして滞空時間が長い。
生徒さんは女の子4人で、上手い下手はこっちもやっぱり分からないんだけども、でも観てて とても楽しめた。
人間の身体ってこんなに伸びるんだ、という驚き。如何に普段の動作が縮こまっているか、よく分かりました。そして、それがすごく勿体ない気がした。使える筋肉の半分ぐらい放ってんじゃないの、と。身体 動かしたくなりました。
クラシックバレエ、ちょっと素敵かもしんない。という嬉しい発見。『花とアリス』でアリスのオーディションシーンに泣いたしなアタシ・・・。

やっとこ友達の出番。コンテンポラリーダンス・・・要は現代舞踏、何でもアリってことか? とアタシは解釈してるんですが。
これがまた、結構 面白くて。音楽が良かった、てのもあるかな。
アタシの友達ってのが、ちっちゃくて薄くて、踊るとことかちょっと想像できなくて(知り合いの人へ→南ちゃんです)、その新たな側面つーか、見たことない表情みれたのが、すげー新鮮だったよ。
自己表現てさ、普段の自分と如何に違うカオを見せられるか、てのが、結構 大きい課題なんじゃないかなとアタシは思ってて。
いや、結果として違うものになるんだ、て見方もあると思うけど。
演じるのも踊るのも絵を描くのも歌うのも文章を書くのも、自分と向き合って対話して成していくもので、そこに在る「自分」てのは、絶対に少なからず他者に見せてるモノとは違う筈で、それって他者が見てるのはある意味「本当ではない」というか・・・「真相ではない」自分じゃないですか。それを、表現ていう、他者との対話(芝居とか、他者ありきの表現ではそれも大事なんだけど、それはまた違う次元の話で)を離れて何かを行う場面で、見せられると、アタシはそれがすごく嬉しいし楽しいなぁと。
これって知り合い特典だし。普段のその人を知ってなくちゃ感じられないことだしさ。

今日、ダンス見たその足で渋谷でグループ展やってる友達の絵も観に行こうと思ったんだけど、何か気分が乗らないので明日にしました。ついでに写真美術館にでも行って来ようかな。
気になってるのだ、ベネチア・ビエンナーレに持ってったオタク展。
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by ling-mu.m | 2005-02-27 21:08 | 芝居/舞台
えほんのはなし
連続投稿しすぎだなー。若干キモチワルイですね。まぁ書きたいことがあるんだから仕方ない。

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いしいしんじ作品を借りるために図書館に行ってみたら、小説が全部 貸し出し中でがっかり。
仕方がないので「トリツカレ男」と「麦ふみクーツェ」、「プラネタリウムのふたご」を予約してきました。はやく読みたいなぁ。
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代わりに何借りようかなーとふらふらしながら、友達が「あいうえおばけだぞ」という五味太郎さんの絵本の話を以前してたのを思い出して、検索してみたらあったので借りてきました。
あ から ん まで、45匹のモンスター。なかなか怖いよコレ。

おしりおばけはおしりがだいすき そうっとうしろからペロリとなめる
ころばしおばけは小石のおばけ けろうとする足つかまえる
まがりかどおばけはまちぶせおばけ まがりかどのむこうでわくわくしてる
よびだしおばけはとをトントンたたく なのにあけてみてもいたことない

などなど…ホントにおばけやん! ていうのがいっぱい。アタシがちっちゃい頃に読み聞かせられてたら泣いてたと思う。うん。
五味太郎さんの絵本にはお世話になりましたねー。それはきっとみんなそうね。
「おじさんのつえ」「ゆびくん」はタイトル忘れないくらいによく読んだ。絵本でタイトル覚えてるってあんまりない。というか、タイトルを覚えた記憶がない。内容は鮮明に覚えてても、タイトルが思い出せないものが殆ど。

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例えば、三匹の兄弟ヤギの話。確か がらがらどん、てな名前だった気が・・・。険しい山に住んでるの。絵がちょっと怖くて、色づかいもダークで、でも好きだったなー。ドキドキする話だったと思う(鮮明に覚えてないじゃん!)。・・・と言うわけで調べてみる。ネット万歳。
「三びきのやぎのがらがらどん」だって。あれ、色づかいそんなにダークじゃないや。でも内容は谷底の怪物と戦うっていう、なかなかハラハラする話。子どもって、意外と高いレベルで物事を処理できるんですね。
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タカが岩陰に肉を隠して後から食べようとするんだけど、戻ってみたら肉がない。犯人は誰だ? て絵本も好きだった。君は見てたんだろ? て、こっちに話しかける書き方がされてて、それがリアルだったんだろうね。・・・これは調べがつかなかった。実家帰れば一発なのにな。
と、思ったら、家族会議でタイトル判明。「きみはしっている」でした。しかも五味太郎さんだ! そしてタカではなくコンドルだって。
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あとね、最近 村上春樹が佐々木マキという方と一緒に絵本を出したんですよ。「ふしぎな図書館」ていう。で、佐々木マキって名前は知らなかったんだけども、絵を見て「ムッシュ・ムニエルの人だ!」と思い出した私、本日こちらも探してきました。
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久し振りの再会、「ムッシュ・ムニエルとおつきさま」。しかもシリーズものだったらしくて、これと並んであと2冊、「ムッシュ・ムニエルをごしょうかいします」と「ムッシュ・ムニエルのサーカス」があったのでそれも借りてくる。
「サーカス」は絵が全然 違って、アタシはやっぱり「おつきさま」のイっちゃってるムッシュの目が好きなので、何か好きになれませんでした。面白かったけど。
この絵本のおかげで、ムッシュの後には否応なくムニエル、と付けたくなる現在のアタシ。
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絵本で他に好きなのは、ねずみ一家の「14ひき」シリーズ。確か最近、久方ぶりに新しいのが出たんですよね。まだ見てないけど。
お気に入りは「14ひきのひっこし」。彼らの新しいおうちがホントにホントに素敵なのだ! 秘密基地みたいな感じで、ちっちゃいアタシはその素敵っぷりに、ホントにとってもドキドキしてた。
いいなぁ、いいなぁと思ってた。秘密基地つくったことあったなーそういえば。小学生の時、家の近くの空き地に、ダンボールで。風ですぐ駄目になっちゃったけど。

思えばこの絵本を気に入ってた時点で、アタシの「家好き」「家建てたい願望」はできあがっていたのかもしれない・・・。
家 建てたいんです、自分で。理想の家。いち時期はやった家建てる番組、見まくってました。そして自分の建てる家を構想したりして。谷啓がナレーションしてるのが大好きだった。

今日は絵本ゾーンをあんまりうろうろしてこなかったので、明日はもうちょいゆっくり、懐かしい絵本たちを探してみようかなーと思います。自分の記憶を手探りしながら。案外 楽しいかもしんないよね。
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by ling-mu.m | 2005-02-22 21:06 | 活字/漫画
ぶらんこ乗り
b0026230_3541450.jpg好き:★★★★☆

高校生になった「私」に、おばあちゃんが差し出した数冊のノート。それは、最愛の弟が書き綴ったあの頃の日々と沢山のお話。よみがえる、幼かった私と弟。私に、弟に、ふたりに降りかかった出来事たち。途方もないやさしさと哀しみを内包した物語。

いしいしんじ・著。
人気のある作家として認識し、いつか読まねばと思いながら長い時を経てやっと手に取りました、いしい作品。
文庫になってるのがこれだけらしく、手始めに読んでみた。

久し振りに、小説を読んで泣きました。
「とても、とても、いいところで」の最後で涙がこみあげ、「三枚目のはがき」を読みながらぶわぁっと。泣きました。気持ちよく。

「私」の一人称で、弟のこと、父さん、母さん、おばあちゃん、犬のことが描かれる。それから学校のことや町の様子もちらちらと。
でも一番 大事にされてるのは弟との交流。
とんでもない天才で、哀しい運命を背負ってしまった弟は、たくさんの「おはなし」を作っては語ってくれた。「私」はそれが大好きだった。そして弟が大好きだった。弟もおねえちゃんが大好きだった。
でも、「私」は弟の人と違うばかりにどこまでも孤独な心を、埋めることはできなかった。彼はどうやっても一人ぼっちだった。それが何とも悲しくてもどかしくて、でも、現実なのかなぁと思った。ハッピィエンドはずるいのかなぁと思った。

弟の語る「おはなし」が、もうそれ自体で絵本作れるんじゃないの、というほどに完成度が高くて素敵で大好きです。
「私」の性格も、勝気で口が悪くて気分屋で、あら何だかアタシみたいという子なので好き。全然「いい子」ではないのです。そこがいい。
間抜けな母さんや、辛辣なおばあちゃんも好き。おばあちゃん、カッコイイです。そしてちょっぴり可愛らしい。

この人は、すごい。
単純にそう思います。すごい物語を書く人だ、と、デビュー当時 言われたそうです。なるほどその通りです。
「小説」はつくりものであって現実の鏡写しではないのだからルールなんてないのだね! と。
目から鱗とはこういうことを言うのかもしれません。軽く電流が走る感じで、読み進めてました。
バランス感覚がとてもいい人なのではなかろうかと思います。いやいや現実ではありえないですからーということを、そう言わせつつももっともらしく書く・・・しらけさせないのです。説得力があるのです。いやはや。

ぶらんこが重要なモチーフとして使われているのですが、ここまで美しく無駄がなく小道具が使われた作品を、かつて読んだことがあっただろうか。
犬の設定と、その使い方も素晴らしい。家族の彼への接し方もリアルで、それぞれの個性を映し出している。何にも、ちっとも、無駄じゃない。
ものすごい構成力です。天然だったら怖いです。ものっすごい考え抜いての結果であって欲しいなー。何しろ天才肌にはすぐ反感を抱くアタクシですので。

この物語に関しては感服です。
はやめに他の著作も読みたいです。好きな作家さんの一人に、加えられるといいな。
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by ling-mu.m | 2005-02-22 04:34 | いしいしんじ
となり町戦争
b0026230_1531585.jpg好き:★☆☆☆☆

ある日、突然 届いたとなり町との戦争の知らせ。「僕」は、自分の通勤に支障が出るのではないか、程度にしか関心を寄せてはいなかった。しかし次に届いたのは、自分が偵察業務従事者となったことを知らせる通知。果たして「僕」は直接に戦争に関与していくことになる。その実感はいつまでも得られないままに。




三崎亜記・著。
新聞の書籍広告で見つけて興味が湧いて、買おうと思ったらバイト先が品切れおこしてて、いつまでも入荷しないので出先の本屋で買いました。
買うんじゃなかった。勿体無かった1400円+税。・・・いや、消費税ぐらいの価値はあったかなー。でもなー。
面白くありませんでした。
ちょろっと書かれたあらすじに惹かれて買ったのだけど、ちょいと期待ハズレ。

この物語の「戦争」は、自治体の「行政」の一環です。
町の活性化のために行われる、計画的な「予定」。議会で提案され、予算が組まれ、承認され、町の住人に知らされ、実施される。
住人たちは、それを半ば「当たり前」のものとして受け入れる。
でも、主人公である「僕」は、各地でこのような戦争が行われていることを知らない。行政で戦争が遂行されることが信じられない。
主人公ばかりが無知なのです。まるで一人パラレルワールドに迷い込んだような。
その設定が、どうもしっくりこなかった。もっと「戦争」に戸惑う人がいてもいい筈なのに、驚くほどに主人公だけがたった一人、何も分かっていないのです。暗黙の了解を理解できていない。

それに、「戦争」における戦闘行為が、あまりにも影ばかりで描かれている。
実際の戦闘シーンが出てこないのです。
行政とは言え戦争だから、兵士がいます。武器を持って戦います。戦死者も出ます。
でも、主人公が戦闘を目にすることは一切ない。だから、暗示される戦闘を気配で感じるしかない。
リアリティーを全く生まない方法で、戦争が描かれているのです。
何しろ主人公の目に、人が戦う姿、人が傷つく姿はまるで映らないのですから。
これは、もしかしたら筆者の挑戦なのかもしれない。
戦闘シーンを描かずに、どこまで戦争というものを表せるか。どこまでその恐怖や愚かさを表せるか。
もしそうだとしたら、その試みは失敗です。彼女の筆力では不可能だった。

戦争が行政、この発想は面白い。感情面を一切 排除し、誰も憎しみ合わない、恨み合わないというありえない戦争。それなのに人は死ぬ。
予定通りに開戦され、予定通りに終戦を迎える。全ては了解済みのこと。

ものすごく、読後感がキモチワルイのです。
それはそのまま、ここで描かれている戦争への気持ち悪さかも・・・そう思うと、私は筆者の思惑にまんまと嵌っているのでしょうか。
いや、でも、感情は動かされなかったから。感動もしてないし、憤りもしてない。
何も得ていない。だからアタシの負けではない・・・と思いたい。

冷たくて硬い。そういう印象の文章。
温度が低い文章は好きですが、もう少し柔らかい方がいい。
面白味がないのです。心に響く言葉もない。

帯で五木寛之や井上ひさしが絶賛してるんだけど、何を褒めてるんだか、アタシにはさっぱり分かりません。
買ってしまったのが、売り上げに加担してしまったのがすごく癪だ。腹立たしい。
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by ling-mu.m | 2005-02-22 02:00 | 活字/漫画
まだ踏ん張ってる。
今日はちょっと元気。まだ落ちてない。大丈夫。

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朝から晩まで遊んできました。
起床が7:00am。家出たのが8:00am。帰ってきたのが1:00am。
ホントに「朝から晩まで」ですよ。一日中ですよ。こんなこと とんとなかったもの。

朝から何処に行って来たかっつーと千葉県です。まずは総武線で津田沼へ。
8ヵ月振りに再会する(同じ大学なのに!)友人の車で千葉をドライヴ。アタシ入れて3人で。
目的地は養老渓谷。

自然! 山! 滝! 川! 木!木!木!木!

マイナスイオン浴び放題。
気持ちいい空気と風と風景と。
元気もらって来ました。癒されて来ました。毒素 吐いて、体内浄化。

デジカメを持って行けなかったのが心残り。何年か振りにインスタントカメラを使ってしまったよ。懐かしいー。
早く自分のカメラ買おう・・・。家族共同は何かと面倒くさいね。

夕方、遅すぎる昼っつーかちょっと早い夜っつーかな感じのご飯を食べ、ドライバーしてくれた友人とは津田沼駅でバイバイ。次に会えるのはいつかなー。今度はもうちょい早めに会いたいぞ。
彼の運転生活 聞いてたら、すーごく車が欲しくなってしまった。車で旅したい。誰かアタシに空色のミニクーパーを買って下さい(クーパーで旅? いいじゃなーい)。

そんで今度は新宿へ。ごみごみした街並みも、隣に誰かいるってだけで不快さが半減する。嬉しいことだね。こないだ友達と渋谷 行った時にも同じこと思った。

競馬では負けたもののパチンコで取り返して懐あったかくして新宿にいた友人に、カラオケを奢って頂き気持ちよく歌う。
奢られるって素敵。奢られ上手な人になりたい。可愛げで攻めるのは不可能だから、やっぱ哀れっぽい路線かな。三食、醤油飯です。みたいな。
・・・・・・無理だな。だってバイトばっかだからさアタシの今の生活。むしろたかられる方だろぐらいの。

朝から晩まで、楽しいばっかの一日でした。良かった良かった。
今日からバイトも4連休だし、ゆっくり休んでリフレッシュしよう。
いっぱい寝て本読んで映画観て音楽聴いて。
そしたらきっと大丈夫。
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by ling-mu.m | 2005-02-21 01:46 | 日々
やーばい。
最近めっきり大人しくなってた鬱。
復活の予感。

嫌だー。嫌だー。
もうあの暗がりには帰りたくないのに!!

でも、思えばここ数週間の異様な元気っぷりの方がおかしかったのかも・・・。
人は誰しも根暗な部分を抱えてるものだし・・・。
前向きすぎるのはかえって不健康と言うか・・・。
いや、前向きすぎるってことは決してなかったけれども・・・。
それでもイイカンジに安定した精神状態だったのに・・・。
だった、のに・・・!!

くっそー。
このまま落ちていくしかないのだらうか。抵抗する術もなく。
それはあまりにも辛い。


誰とも何とも関係せずに生きていけたらいいけどそんなのきっと生きてるって言えない。
そんなことはとっくに承知。
そのジレンマで苦しんでるんだってば!!

世界中から総スカン食らえばアタシは満足いくのかな。誰とも関係しなくていい人生を得たら、そしたらアタシは満足いくのかな。平穏に暮らしていけるのかな。

そんな訳あるかー。
そんなんなったら淋しくて死ぬ。絶対 死ぬ。

分かってるのに。
分かってるのに、駄目になる自分が嫌。すごく嫌。

くそう。くそーぉ。
鋼鉄の精神が欲しい。ナニモノにも惑わされず屈しない強靭な心。

強くなるにはどうすればいいかな。
アタシはあまりに軟弱だ。
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by ling-mu.m | 2005-02-20 00:58 | 思慮
ライン Line
友達に誘われて、赤レンガ倉庫で舞台を観て来ました。
赤レンガ行ったの初めて。クソ寒かった。

観たのは、横浜ダンスコレクションの一環である、日仏共同制作プロジェクトで、村上龍の「ライン」という作品を舞台化したもの。
ダンスコレクション、の中で行われるので、当然ダンスが中心な訳ですが、ダンスの話は後にして。

舞台は小さめ。観客席もそんなに多くなかったです。でも満員。行ったのが遅かったせいか、階段に座布団 敷かれて座らされました。

向こう側が透ける幕が舞台いっぱいに垂れていて、それがスクリーンとして作品中盤まで使われてました。東京の街中を線路(モノレールかなぁ?)で辿っていく映像が主で、雑踏や横断歩道などのシーンもあり。
物語(という程にストーリィのある芝居ではないのですが)は、東京で暮らす若者の心の暗い部分を描く、というもの。
オムニバス形式に様々な人物にスポットが当てられ、ほぼ独白の台詞でもってそれぞれのシーンが成り立っている。

台詞は殆どフランス語で、そのため舞台の左右二箇所に、字幕を映し出すスクリーン。
これが、非常によろしくなかった。

演じられるのは舞台。でも字幕は完全に舞台の外。横。
筋書きのある芝居を観るからには、言葉が分からなくてもいいや、と開き直ることは不可能。当然、字幕を懸命に目で追う。でも観たいのは演技。役者の表現。
どっちも観る、ということができないつくりに、これは絶対もっと何とかしようがあっただろう。このやり方は不正解だろう。と思う。

字幕がまた、ものっすごい量の台詞をいっきに映し出すものだから、字幕は読んじゃったけど役者はまだなんか言ってる、という状態になって困る。
台詞に応じた表現を役者はしている訳だから、そこを切り離しちゃう姿勢というのは、どうにもこうにもいただけない。
アタシは台詞じゃなくて表現で色々感じたいのに、これじゃ言葉ばかりに捕らわれて、しかもただ読むだけだから心になんか残りもしない。
これじゃ、小説以下でしかない。
小説をわざわざ舞台にして、しかも違う言葉で、外国人に見せようって言うんだから。
何かもっと、考えて欲しかった(考えてない訳じゃなかろうけど)。

ストーリィは、あってないようなもので、ただ、ところどころでユウコという女が登場して、彼女が出てくることで統一感を出そうとはしていた。と言うか、原作がそうなんだろう。
ユウコは、電話線の中を走る信号が見えてしまう女。
彼女の使い方も、無理矢理な感じが否めない。あまりにも断片的すぎたんじゃなかろうか。


で、ダンスについて。
アタシにとって、ダンスという表現はまだまだ全く、未知のものでした。
もともと、理解しにくい・感動しにくい分野だな、という思いはありました。
でも、ちゃんと「ダンス」と銘打ったものを観たことがなかったので、誘われたのをいい機会だと思って、行ってみた訳なのですが。

何だか、不完全燃焼。
アタシの理想の・・・というか、満足のいくツボを、上滑りされている感じでして。
ここ、ここを押して欲しいんですけど! て、身悶えるような。うぅぅぅぅぅぅぅん・・・違う! て。
アタシは多分、骨がバキバキに折れるとか、そういうんじゃないと駄目なんだよね。
ありえないぐらいに上がる脚とか、回る腰とか、伸びる指とか、脱・人間的な(コレはもう、中国雑技団でも観てろ、ていう話なのかしら・・・)。
あるいは機械じかけのような、完全なる非・人間的動き。

好きなのはラインダンスやマリオネットの真似(これはダンスじゃないか)、新体操の団体。揃ってるものが好き。でも完璧に、じゃなくちゃ嫌。一糸乱れぬ動きが欲しい。
イマイチ好きになれないのがフィギアスケートの個人で、跳んだり回ったりしない箇所。

今回のダンスは、後者を見た時に感じるのと同じもどかしさを覚えて、やっぱり満足がいかなかった。
見慣れていないせいもあるのだろうけど、表現したいことが分からない。ダンスの持つ表現力自体が、低い気がした。訴えかけられるものがないと言うか。受け止める側の素質がないからだ、と言われてしまえばそれまでだけど。

総じて、不満の残る舞台ではあったかなー。
透けるスクリーン、その向こうで表現する役者、映し出される映像、ユウコの特異な設定、気に入ったところも多々あったけれども。村上龍の書いた台詞も、結構 好きだと思ったし。タクシー運転手の独白のシーンなんて大好きだ。彼の演技をそのまま、字幕なしで観ることができたらきっと鳥肌が立ったと思う。

取り敢えず、原作を読んでみようか。
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by ling-mu.m | 2005-02-19 00:47 | 芝居/舞台
オペラ座の怪人
映画ではなく舞台の方。
劇団四季の「オペラ座の怪人」を、カレッタ汐留にある電通四季劇場「海」にて観て来ました。
S席11,550円。たっけー。でも今回は奮発してやりました。ママンへのバァスデイプレゼントだからです。そしてしかも、妹の分もアタシがもってやりましたのよ。太っ腹だったなーチケット取った頃のアタシ。もう やんない。
ま、でっかい舞台を観たかった、て自分の欲望 満たすためでもあったんですがね当然。

いやー、やっぱ上品そうな人が多いねお客さん。小汚い恰好してる人っていない。若そうな男では若干いたかな。彼女(だろうよ大半が)は綺麗めな恰好してるのに、それで許されちゃうんですか。街中でも得てしてそういうもんだよね。不思議。

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さて、言葉としては有名な「オペラ座の怪人」、アタシはちゃんとしたストーリィを知りませんでした。映画にもなってるから、今年でいっきに中身の認知度も上がりそうな気がしますな。

パリ・オペラ座の地下に住む怪人が、コーラスガールのクリスティーヌを見初めて歌のレッスンをする。怪人は彼女を特別 可愛がり、恐れられている自分の立場を利用して彼女を主役として舞台に立たせようとする。しかし、クリスティーヌは再会した幼馴染・ラウル子爵と婚約してしまう。激怒した怪人は、クリスティーヌを何とか自分の手中にしようと躍起になり、以前にも増した災いを、オペラ座にもたらしていく。

怪人は、恋人たちに横恋慕するヒトだったのですね。私はもう少し、クリスティーヌが二人の間で揺れ動くのかと思ってた。だけど、彼女の心はラウル一筋だったのです。
そうすると、怪人の盲目でゆき場のない想いが、途端に幼いものに思えてしまう。
相手の気持ちもお構いなしで、どうにかクリスティーヌを手に入れようとする怪人。彼女の歌の才能を見出したまではよかったけれども、プリマドンナを降ろして彼女を主役にするよう支配人たちを脅したり、彼女を主役にした歌劇を書いて、それを無理矢理 上演させたり。
分かり易いだけに、手口が幼稚で間違ってる。愛情の示し方が分からないんだろうね。
彼はきっと愛されたことのない人間だったから。
見世物として人々の好奇の目に晒されていた所から逃げ出し、オペラ座に棲みついた男がやがて「怪人」となった。焼け爛れた醜い容姿が、人の世に暮らすことを許してはくれなかったのだろう。

孤独で寂しい怪人。
人を愛すること、人から愛されることを捨てることはできなかった怪人(この部分が「フランケンシュタイン」の怪物に繋がるかなぁ、と今ふと思った)。
でも、愛した人は自分に幸せをもたらしてはくれなかった。

どこまでも怪人のための物語なのだな、と、今これを書きながら初めて思いました。
クリスティーヌやラウル子爵のことを書こうと思っても、出てこないんだよね。書くほどキャラが立ってなかったから。
ラウル子爵は格好良かったですが・・・俳優が好みだったのでしょうな。顔はそんなにちゃんと見えなかったけど、雰囲気で。おそらく石丸幹二さんという方。

今回この舞台を見て、自分はやっぱりミュージカルってそこまで好きじゃぁないな、と自覚しました。
何となく、そうだろうなぁとは思っていたけども、日本のミュージカルの王道だろう四季の舞台で退屈したらホンモノかな、と。
いや、楽しかったですよ。面白かったし、すっげぇ、と思った。感動した。
人間の生身の体ひとつで楽器になれるんだ、て。
すごい、放出されてるパワーの凄まじさが見えた気がして、ちょっと怯んだ。えぇ!? てなった。
女の人のソプラノがさ、もう凄いんだよ。空気 震わすってこういうことか、と。驚いた。
表現力豊かな歌声、てのも、初めて「実感」したかもしれない。言葉としてはいくらでも聞いてきたけど、自分の耳でこういうことか、と思ったのは初めてのこと。
「実感」するって凄い大事なことなんだねー、と、今更ながら。体験してなんぼ、だなー。

でもね。かんどうはしたけれどもね。
同じことを繰り返して歌われることに、私は飽きを感じてしまうのだよね。特に独唱の時。
歌劇を見る者として、致命傷だろうねコレは。
正直、眠くなったもの。勝手に暗転しそうになってました。クリスティーヌが亡き父親の墓場で悲しみに暮れる場面。瞼が落ちそうな瞬間にデュエットになってくれて、持ち堪えられたけど。
ソロは駄目だね。飽きる。
あと、やっぱり台詞を歌にすることへの違和感を感じてしまう。これは慣れの問題かな。受け入れてしまえば、そーいうもんだ、で済むんだよね きっと。
私が好きなのは合唱。みんなで歌うシーン。何言ってるか分かんなくても構わない。大体、そこまでストーリィ展開に関係あること合唱しないし。
第二幕の始まりが仮面舞踏会のシーンで、そこは大好きです。一番 好き。楽しそうだったしみんな。

しかし、結構 長い時間 演るのに、その長さを感じさせないのがやはりプロ! の仕事っぷりですよね。退屈したーとか言ってるけど、あっという間だとは思いましたもん。ええ。
ただ、「劇団四季のオペラ座の怪人は凄いらしい」のコピーには、いささか不満がありますが・・・。
そんなに凄くは、なかった、ぞ? うん・・・。
ま、ミュージカルの良さをあんま分かってない素人だからなアタシは。下手なことは言えんね。
好きじゃない、と言いつつ、「キャッツ」と「ライオンキング」と「夢から醒めた夢」観たいー。なんつって言ってるし。すいませぇん。

何はともあれ、オカンと妹が非常に喜んでくれたので、まぁ アタシとしては満足です。ハイ。
アタシもいい勉強になりました。やっぱり、大きい舞台観に行かなきゃ駄目だねー。
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by ling-mu.m | 2005-02-17 01:41 | 芝居/舞台
美しい人々、醜悪なるメシを喰らう。そして。
バイト4連休 最終日は下北沢にて芝居鑑賞。
スプリングマン 03 MIX「美しい人々、醜悪なるメシを喰らう。そして。」
最初フライヤーを見た時、タイトルをコピーだと勘違いして、タイトル探してみたら見当たらなくてこれか!? て。
ちなみにコピーは、「美しくもグダグだな7人が紡ぎ出す、食生活悲劇コメディー」。
今回は、このタイトルとコピーに惹かれて観に行ったようなものです。
コメディーが観たかったし、新しい劇団と俳優 開拓したかったし。

だがしかし。
残念ながら上演された芝居は、私の期待を満たしてくれるものではなかったのでした。

以下は、フライヤーに載ってた文章。
  (前略)
  ある晩、町に若い男女が訪れる。
  二人は東京からこの町に来たのだ。
  人々は町で採れた最高の食材で至高の料理を作り二人をもてなした。
  そして。
  二人も東京から持ってきたくっだらない品物を町に流行らせる。

  ところで私はというと、このような食事を最後に町の中央にある電波塔から
  あした飛び降ります。さいなら。
  (後略)
まぁ単純に、私はこれをストーリィかなと受け取った。
見知らぬ町に迷い込んだ旅人、て設定好きなんだ割と(見知ってたかも知らんし迷ってないかも知らんし旅人じゃないかも知らんし、この文からじゃ分からんけどでも似たような状況ではあろうよ)。
食がテーマでしかも悲喜劇。どんなもんじゃろーとワクワクして行ってみたらば。

ストーリィ全然 違うんでやんの。
マジ、やられた!! と思った。フライヤー作った時から大幅にホンを変えたのか、わざわざ違うこと書いたのか。
でも違うこと書くんだったらもっと書きようがあるというか、“うまく”書くと思うから、多分ホンを変えたのか、書き上げたのか。
ストーリィを仄めかしながらてんで意味不明なことを書く、というのはよくあることで。
でもそれはそういうもんだって分かるように書かれてるから。
少なくとも今回みたいに、明らかに筋書きだって思わせてしまうような書き方はしなかろう。

「美しい人」という設定がまずどこにも提示されなかった。でもまぁそこは容赦できる。
駄目なのは、「醜悪なメシ」が、あまりにも中途半端な登場の仕方をすること。
雑誌掲載の漫画でよく、カラーページの方が先に締め切り来ちゃうから取り敢えずタイトルとコピー決めて仕上げたはいいけど中身描いてったら違う話になっちゃってでもタイトル変えれないからええいこじつけてやれって最後にキレイめにまとめちゃった。
という現象がありますが(特に少女マンガで多々)、まさにそんなカンジ。
書きたいモノがきっと変わっていったんだろうに、フライヤー作っちゃったからにはどうにか中心に残しとかなきゃ、て慌ててる印象を受けた。
違うにしても、そう感じたことは変わらない。つーか違う方が問題だ。そしたら、この作家さんは自分の言いたいことが見極められてない人なのかな、て感じになるもの。

「食生活悲劇コメディ」て言ってるのに、食生活は話の中心にないし、コメディとしてもどうなのという出来。
面白いけど、小ネタ小ネタで責めてきて、せこい。コメディて、もっと包括的なものだ。
「ちょっと面白い台詞の多い」普通の芝居。しかも、ネタも微妙。最初は面白かったけど、割とすぐ飽きてしまった。
そして何より、役者の演技がそんなに上手くなかった・・・。これはもう、それこそ行ってみないことには分からないことだから、仕方のないことなんだけど。
フルで7人出てくるのだけども、思うに舞台が小さすぎるのではなかろうか。
もう少し大きな舞台がとれる所 向きな気がするなぁ、このホンは。
まぁ、全くの素人考えですけれどもね。ええ全くの。

色々、残念だった。もう観に行くことはなかろうなぁ。

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日光旅行記、2日目の日光東照宮のことを書こうと思ってたのですが、面倒臭くなったのでやめておきます。
時間が経過してから、感動したーて書くことへの違和感を覚え始めてしまいまして・・・。金沢の時はそんなことなかったのにな。
正直、滝の話とかももっとあの瞬間に思ったことがあるのだけども、やはり人の記憶なんて適当なものですね。覚えていられない。
次からは何か対策を立てたいと思います…やっぱすぐに記録することかなー。
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by ling-mu.m | 2005-02-13 18:40 | 芝居/舞台
日光旅行記 3
寒い寒い言いながら帰ってきて、部屋でお抹茶と栗羊羹をいただく。
足湯も勿論やりました。部屋風呂で。浴槽がデカくてよい感じだった。

で、一息ついたら夕飯の前に温泉へ!
温泉ー。夏に箱根へ行った時振りです。
夏の温泉も気持ちいいけどやっぱ冬だろう。雪見ながら露天風呂!
別にものっすごい温泉好き。温泉マニア。とかでは全然ないけど、まぁ大半の日本人がそうでしょう? 標準装備で温泉、好きでしょう? 癒されちゃうでしょう?
癒されてきたきた。体の中の悪いもん出してきたきた(どうせすぐ溜まるんだけどネ)。

内湯とサウナとちっちゃな露天風呂。
客がいないのかちょうど同じ時間に入りに来ないのか、殆どアタシと母の貸しきり状態でした。
夕飯の後と、寝て起きて朝ごはんの前にも入ったんだけど全部そんなん。

一人で露天風呂つかりながら色々思う。
日本で生まれて日本で育てば、やっぱ「和」なものに癒されるようにできちゃうのかな、とか。
岩風呂で紅葉の葉っぱ見ながら雪に囲まれて。
日本人は大抵こういうもので癒されるけど、同じような、ゆったりとした「癒し」て、他の国の人達はどうやって得るんだろう。
まるで同じ「癒される気持ち」て、持ち得るものなんだろうか。
例えば南国の、年中暖かくて人々も陽気なところで、こういう静かで穏やかでゆったりした時間て、求められるものなのかな。ムズムズしちゃいそうだけどな。そんなことはないのかな。

ここのところバイト続きだったので、時間も気にせずお風呂に入れるというのがとても貴重で嬉しかった(いつも家出る前にシャワー浴びるとか、帰ってきてから早く寝たい一心でシャワー浴びるとか。浴槽につかってなかったからなー)。
でも帰ったらまたバリバリ働く。という元気を溜めることも忘れず。
夏にでっかい旅を企画する予定なのでね。お金貯めなきゃなのよね。ふふふ。

それから、最近 自分自身にあったことや自分の周りにいる人達のことを思い出して反芻しながら、何となく、ものすごく、あー。アタシ幸せにならにゃーなー。と思ったりもして。
何をもって幸せになったと言うのか、分かんないけど。
どうなりたいのか、どうなれば幸せなのか、それを探すところから始めなきゃなんだけど。
何かもう、取り敢えず、そう思った。幸せにならなきゃー。幸せになりたーい。
別に不幸せだったて訳ではないんだよ。
元気だし元気だし。
でも満足できる状態でもないよね、て。今に甘んじてるのはよろしくないよね、て。
幸せを探しに2005年。


お風呂 出たら夕飯。
色々 美味しかったけど、一番は筍ですな。
アタシねー、あんな美味しい筍は初めて食べたよ! 驚いたよ。
あの、ヤツ独特のエグミがまるでないのだ。ほのかな甘み。
筍の旬てこれからだけど、実は今、頭出す前に食すのが一番旨いのでは? と思いました。
筍はダントツで旨かったなー。是非また食べたい。
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by ling-mu.m | 2005-02-13 10:10 |