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眠たし・・・。
昨日、遅番でバイトをした後に友達から飲みに誘われて、結局オールしてさっき帰ってきました。そんで今日もまたバイトです・・・。阿呆だなアタシ。働けるのかな。マジ眠い。

2004年が終わります。
あー、疲れた。
来年の抱負は、今年以上に沢山の素敵な人やモノと出会いたい。
          自分の好きなことをする。無理はしない。無茶はする。

神様、アタシも幸せになりたい。

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金沢旅行記は、まだ続けるつもりでいたんですが年明けて持ち越すのも気持ち悪いので、取り敢えず一旦 閉幕とします。
一番 書きたかった美術館について書いたら満足してしまったのだ。
春は何処に行こうかなー。

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たまたまの人もいつもの人も、読んでくれて有難う。
これからも是非、ふらっとここを訪れてください。
2005年が、貴方にとって素敵な年でありますように。
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by ling-mu.m | 2004-12-31 09:11 | 日々
金沢旅行記 4
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昼過ぎ。
21世紀美術館を出て、兼六園へ。
大人300円。
真弓坂口から入って適当に園内を歩く。
これでもかと言うほどに人工的に手を加えられた自然物でできた庭は、でもとても美しかった。
この美しさは、自然そのものが内包しているものなのか、手を加えられることにより生まれるものなのか。
どっちもかな。
美しさがあったからそれをどうにかしてやろうと思ったんだろうし。
てことは、自然の美しさありきの芸術なのか。


しばらくぶらぶらした後、外に出てお昼ご飯。
じぶにそば なるものを食べる。茶そばに鴨肉。うまかったです。

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で、朝は見るだけだった石川門を通って金沢城公園へ。
写真は五十間長屋を望んだもの。
いい空だねー。ホントにピーカンだったのです。
金沢城公園は、兼六園に比べると平面が多かった。
視界が開けていて、とてもすっきりした印象を受けました。
でもちょっと物足りない感はあったかな。
道路も舗装されてて、歩きやすいんだけどつまんなかった。
石垣は何処まで行っても素晴らしかったけどね。もう、ホントに惚れ惚れしますねあの石垣には。
もはや芸術の域だろう。

公園を出た後は、長町武家屋敷跡に行ってみる。
城下町の名残が色濃く残った場所。
狭い路地に木造のお屋敷、でも駐車場にはBMW。
面白いギャップだなーと単純に楽しみましたが、あんまり写真を撮る気にはなりませんでした。
観光客いっぱいでそれが入っちゃうのが嫌だった、てのもあるかも。
ここに俵屋という飴屋さんがあって、老舗で有名らしいからてことで“じろ飴”をお土産に購入。水飴です。家帰って食べたんだけど、さっぱりしてて美味しかったよ。ママンも喜んで食べてます。

そのまま歩いて、朝 行けなかった近江町市場へ。
活気ある市場でしたよ。荷物載せた台車なんかも通るから、通路の狭いことったらなかった。
その効率の悪さが何か愛しかった。
綺麗に整備されりゃいいってもんじゃんないんだよね。
ごちゃごちゃしてるからこその魅力ってある。
何かここでお土産買ってこうかなーと思って物色しながら歩いてたら、若いオニイチャンに声をかけられて、色々 試食さして貰う。
甘えびの塩辛と青のりが美味だったので、これも縁だしと思って購入。
ちなみに家族にも好評。青のりがいい香りなんだなー。

しばらくぶらぶらした後、今度は主計町茶屋街の方に行ってみようと歩き出す。
あの、ワタクシ、今回の旅でバスには一度も乗ってません。歩き通し。凄くね?
最初に歩いちゃったから、何かもう意地になってしまったんですね。歩いてやるさ! みたいな。誰も頼んでねっつーの。
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さて、主計町茶屋街を歩いて、辿り着いたのは浅野川。
ここがねー。いい場所だったのですよ。石垣に続き、金沢来て良かったですスポット。
写真は浅野川大橋。浅野川は、友禅流しをする川なんだそうです。見たかったな。
この土手で一時間ぐらいボーっとする。
だんだん日が暮れてきて、気温も下がってくる。その寒さがまた、物思いに気分よくふけさせてくれる訳だよ。自分に浸らせてくれる訳だよ。
地元の人が犬の散歩に来て、ご当地言葉で会話してるのもいい。日常がそこにあって、自分は他所者で、お邪魔さしてもらってますーて。
いい時を過ごしました。
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by ling-mu.m | 2004-12-30 11:00 |
金沢旅行記 3
10:00。
今回の旅の一番の目的である金沢21世紀美術館へ入館。
全面ガラス張りの建物なため、降り注ぐ陽光を存分に受けて館内はとても明るい。
逆に、天気の悪い日はどんな趣になるのかとても気になる。それはそれできっとイイモノなんだと信じたい。

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現在 開催されてるのは「21世紀の出会い―共鳴、ここ・から」という開館記念展。
まずは作品について。
一番 楽しみにして行ったものが、結局 一番のお気に入りになりました。
エランドロ・エルリッヒ Leandro Erlich の、「スイミング・プール」。
狭いトンネルを抜けて小さな小部屋に出る。床や壁にはゆらゆらと水面の模様。見上げると、そこにはたゆたう水の向こうに青い空。
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鼻に水が入らないように気を付けながらプールの底に潜って仰向けになって、てことをしたことがある人は多いと思う。そこにあったのは、そうして見ていた光景。
つまりは、強化ガラスの間に水を張って、水面だけを表現してみました、という作品。
時折、地上からプールを除きこむ人の顔が揺れる。
見下ろす人と見上げる人。空を見る人と底を見る人。とても近い場所にいるのに、互いの姿は見えているのに、空間を共有することは不可能。触れ合うことも、言葉でコミュニケーションをとることも不可能。そんな作品。
私は断然、見上げる方が好きだと思った。
ホントは写真を撮っちゃいけなかったかも? まー誰も写ってないし。ドンマイ。

それから、ジェームズ・タレル James Turrell の「ブルー・プラネット・スカイ」も好きだと思った。
これは、作品名よりその空間に付けられた「タレルの部屋」て呼び方の方がいい。
自動ドアを抜けるとひろーい空間に出て、空気が冷たい。
何で? と思って見上げると天井の真ん中が四角く切り取られていて、見えるのは青。空の青。
天井に四角い穴あけて、ホンモノの空を使っちゃいました、ていう作品。
凄い、ホントにいいタイミングで見たんだと思う。アタシが気に入るタイミング。
雲も飛行物体も移らない、ただひたすら青いだけの空。ムラもなく均一に。
外部と繋がってるからには、庭で子供でも騒いでりゃその声が聞こえた訳で、でもそこにあったのは静寂。物音ひとつしない、ぴんと糸を張ったような寒さの空間。
感じたものは無。自分が空っぽになる瞬間。
気持ちよすぎた。やーばいよ ここは。
金積んで貰えるなら欲しいと思った(最近そればっかだなー。心が貧しい証拠かな)。

プールもタレルも、天気悪い日に来たらどうなんだろう、てすごい興味ある。
それから、一日のうちでもっと違う時間。真昼、昼下がり、夕方、日没、夜。
この建物自体もそうだけど、自然環境にものすごく影響される、そこを考えてない訳がないから、好き嫌いはともかくとして、絶対 全然 違う姿が見られる筈で。
そりゃーまた来たくなるよ これは。そこだけでも確認したいもん。見てみたいもん。

他にも面白い作品は沢山ありました。
マイケル・リンの「市民ギャラリー」、できやよいやベアトリス・ミリャーゼスの絵画、ヴォルフガング・ティルマンスの写真、R&Sie・・・建築事務所の「聞いた話:ノード」、パトリック・ブランの「緑の橋」、ジュン・グエン=ハツシバの映像・・・・・・エトセトラ。
語ってるときりがないくらい、素敵な作品が盛り沢山で、とても楽しい場所でした。

が。
色々と、不満も、まぁ ある訳で。
作品毎に部屋が与えられている、という形なので、いち作者にひとりて感じで学芸員・・・というか、スタッフさんがいる訳です。で、一応その人たちはその作品の解説がひと通りできるらしい。皆さんファイルを携えてたので、おそらくそこにデータが集約されているのでしょう。
でねぇ、無駄に話しかけてくる人がいるんだよ。このスタッフの中で。
私は割と一人で楽しんでしまうタイプなので、自分から求めない限り、人の解説って欲しくないんだ。こうやって見てみてください、とか言われるのも好きじゃないんだ。
それから、その話しぶり。
「これはね、アクリルとかなんとかっちゅー素材で作られてるらしいんですわ」
「あ、あちらも一応 作品になっております」
「こういう芸術なんですよ。これも芸術作品なんです」
・・・・・・うーん。どうなの?
らしいとか一応とか芸術なんですって押し付けてみたりとか。それってどうなの。
と、思った自分にふと疑問。
アタシは、アートを何だか高尚なものに仕立て上げようとしてはいないか?
そういう言葉で語るな、てことは、もっと難く捉えろ、って、心のどっかで思ってるてことじゃないのか?
おおお。ちょっとへこむ。
でもやっぱ・・・作品を解説する立場の人としてはどうなの、と思ってしまうよ。せめて「一応」はやめようよ。誰かが丹精こめて作った作品な訳で、それを鑑賞者が大したことないて判断するのはアリだけど、紹介する側がそういうこと言っちゃ駄目でしょ。
少なくともアタシは萎えたよ、貴方のその迂闊な言葉にさ。

あとね、私が楽しみにして行った作品にまつわる残念な話がふたつ。
エルネスト・ネト Ernesto Neto の「身体・宇宙船・精神」。
夏に近美で開催された「ブラジル・ボディ・ノスタルジア」という企画展で出会った作品の進化版らしくて、私はこの企画展でホントにこの作品が気に入ってたのね。
ストッキングみたいな素材で作られた足元のおぼつかない空間に裸足で入って、そのふわふわした不確かな感触を楽しむ作品なんだけど、私は、天国がこういう場所だったらいいと思って。そしたらきっと幸せな場所だと思って。幸せな気分をくれた作品なんだけど。
それが進化してるってんだから期待するじゃない。
で、実際 金沢のそれは期待に応えてくれそうなものでしたよ。空間が大きくなって、寝っ転がれるクッションがあったりして。
でもねー。そこはもう、完全なる「子供の遊び場」で。
飛び交う嬌声。揺れが止まらない空間。
子供が、子供の騒ぐ声がどうにも嫌いな私にとって、そこはもはや癒しの空間などではなく。
天国などとは程遠く。
苦痛で怒れて悲しくて。
でも、そこでまた色々考えた。アタシが今まで行った東京の美術館に、そんな子供がいたことってなくて。
どこも大人が楽しむ場所で(学校の社会科見学とかは別にして)。
でも芸術って大人のためのものじゃないし。
むしろ子供の頃から親しんどいて損はないものだし。
だから子供が喜んでる姿って本来 歓迎すべきもので。
家族連れが多かったけど、休みの日に、じゃーちょっと美術館行くかー。なんて。いいじゃない。素敵じゃない。
そういう、気軽に来れる場所にすべきだ、てのは確かにある訳で。
・・・じゃあアタシが自衛すればいいんだね。て結論。
平日の夜とか、子供が少なそうな時間帯を選んで来ればいい。

もひとつ。この作品のスタッフさんは若い男の人で、私がブーツを履きなおしてる(この作品に入るときは靴を脱がなきゃいけないので)時に話しかけられたんで話ついでだと思って、これ近美で見たんですよー今回は新作らしいですねー。てことを言ったらば。
「そうなの、凄くなってるでしょ。東京には負けないよー」て。
・・・・・・・勝ち負けの問題じゃなかろう? 優劣をつけるものじゃなかろう?
と、ワタクシ悲しくなってしまって。
確かに、観光名所的な役割を担ってしまっている場所だから、人を集めなきゃいけない場所だから、そういう思いもあるでしょう。郷土愛から出た言葉でもあるんでしょう。
そんな大仰に受け止めることでもないのかもしれない。
けど。アタシは悲しくなってしまったのさね。興醒めしてしまったのさね。

スタッフさん達には、もう少し色々と、頑張って欲しいなぁ。と思いました。

あとねー、折角 建物が素敵なんだからむやみにセロハンテープで張り紙はるのやめて!
そこはお金かけてこだわって!
客に見えるところはとことん綺麗にピシッとしといて欲しい。
仮にも美術館なんだから。

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と、しょーもない不満をつらつら書いてしまいましたが、でもいい所です。
もし金沢行かれる方は、是非 ふらっと寄ってみて欲しい。
何か自分のフィーリングに合うものを、見つけられるかもしれませんよ。

これからどうなっていくかが楽しみだ。
きっとまた行こう。
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by ling-mu.m | 2004-12-29 03:16 | アート的な
金沢旅行記 2
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地図を片手に信号機の地名情報を見ながら、金沢の中心地を進んで行きます。
朝陽を浴びながら、整備されたとても綺麗な町を歩く。人通りはあまりない。
街路樹には雪吊りがなされていました。新鮮な光景。

朝ごはんは近江町市場で食べよう、と思っていたのですが、お金がないため素通り。
百万石通りを尚も南へ。

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途中で、尾崎神社と尾山神社に寄り道。写真は尾山神社の門です。
てっぺんの棒は、日本最古の避雷針だとか。レンガ造りで、「神社」て言うと日本のもの代表、て感じだから変な感じですね。
門をくぐってみたら随分 立派なお庭があって、怖気づいてそれ以上足を踏み入れることができませんでした。行ってみりゃ良かった。

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歩いてるうちに、石川近代文学館を擁する中央公園が左手に現れたので入ってみる。
朝陽がさす木々の間を散歩。すーごい気持ちよかったです。赤レンガの建物もお洒落。北海道でも似たような景色を見たなぁ。何処だったかしら。
ここで早くもデジカメの電池がやばくなる。最近めっきり調子が悪かったので予想していたことだけど、早ぇよ! と多少 慌てる。が、まー切れたら使い捨てカメラ買えばいいや、と腹をくくる。

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道路挟んで右手に金沢市役所が現れ、てことはその隣がついに21世紀美術館! てことでテンション上がりながら道路を横断。
右折してちょっと奥の方に入っていくと・・・・・・あったー。来たー。
軽く感動を覚えながら建物をぐるっと一周する。
美術館自体が丸い建物でして、芝生の中にどん、と建ってるのね。だからとてもひらけた印象です。ものものしい感じがしない。そこがいい。
まだ8:00なので開館前で、ガラス張りの館内には清掃員が動いてるのが見えました。ご苦労様です。
後からまた来るからねーと、取り敢えずその場を後にします。時間までそこで待ってるのも勿体無いから、歩き続けることにする。
美術館は、兼六園や金沢城公園のすぐ側に位置しています。兼六園の真弓坂口なんてホントに目と鼻の先なのね。歴史といまが混在する地。いいロケーションだなと思います。

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兼六園に入るには財布の額じゃ足りないので、お堀通りを進んで金沢城遺構の石川門の方向へ。
この石川門が凄かった。いや、ただしくはその石垣。
大きさに圧倒された。ただただ見上げて立ち竦んでしまった。
凄い。としか、言いようがない。
この旅で見れてよかったもの一番にあげられるぐらい感動した。
このどデカイ、美しい石垣を、クレーン車もトラックもない時代の人間が造ったのか。マジか。
1788年建立だから、約二百年前。そんな大昔に建てられたものが、すっかり町並みも変わった現在も同じ場所に存在しているという奇跡。
スゴイスゴイスゴイ。
何枚か写真を撮ったんですが、全然その素晴らしさを伝えられる代物じゃなかった。残念。
この感動が収められる写真が撮れたら、嬉しいなぁ。

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感動しながら、石川門の下に造園された庭を散策。
紅葉に間に合ってたら綺麗だったろうなと思う。
今回は紅葉も雪も桜もなくて、時期をちょっと間違えた感があった。旅慣れしてない証拠だなーと反省。いや、あったら嬉しいて話しでだから失敗て訳じゃないけど。
次からはその辺も考えに含めよう、てことで。

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でも椿が綺麗に咲いてましたよ。
鮮やかな色合いですよね。ピンクの花びらに黄色の・・・雌しべ? だっけ。うーん、バカがばれる。ビビッドカラー。葉っぱの色も力強い濃緑だし。カッコイイ花です。それでいて名前は素朴さを持ってるし。椿。
あくまで私のイメージの話ですけど。
実家の庭の垣根が椿だったなーそう言えば。


庭を堪能した後、白鳥路と案内書きされた道に入りました。
「石川門から大手掘に至る小径」だったそうです、ガイドブックによると。
砂利が敷かれていて、ざく、ざく、と気持ちいい音をたてながら歩く。
実家の庭にも砂利が敷かれてる一画があって、子供時分のウチら兄妹の手により殆ど外に出されてしまったためもうこんな音は立てなんだなーと思い出す。切ない思い出(そうでもないな)。
銅像がいっぱい建ってて面白い。傍らに小川が流れていて、夏には蛍が見られるそうです。
「蛍が来たら仲良くしてね」的な看板が立っていて、その表現はどうなのかと思う。仲良く、て。いじめないでってことなんだろうけど要は。

さて、ここまでで時刻は8:30。まだ9:00には時間があるぞーてことで適当にぶらぶら。
小学校の表示とかに従って歩いてみる。
この先 金沢大学て書かれてて、言ってみようと思って向かってみたけど歩けども歩けどもたどり着かず。金沢大学行きのバスが通る道をずっと歩いていたので、方向は間違ってなかったと思うんだけど、そんな近くもなかったらしい。結局 断念。

9:00になってお金おろして、取り敢えずローソンでおにぎり買って空腹を満たし、県立図書館で暖をとり化粧をなおして、いざ。
てことで3はやっとこ美術館の話。

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追記:1月3日
訂正! 多分、椿じゃなくて山茶花だ。冬だし、花びら散ってたし。
家の庭にあったのを椿だと言ってはサザンカだと親に訂正されてたのをさっき思い出しました。恥。
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by ling-mu.m | 2004-12-28 10:09 |
金沢旅行記 1
何処か遠くに行きたいと思っていた。
何処かに独りで行かなきゃと思っていた。
そんな折に大学の生協で見つけた、美術手帖の増刊号『21世紀のミュージアムをつくる』。
そこで紹介されていたのが、「金沢21世紀美術館」。
9月にオープンしたばかりの、金沢の新観光名所という役割を担う美術館、みたい。よくは分からん。
でも、建築家さん(SANAA)のインタビュー記事を読んで、興味が湧きまして。
ちょっとこの建築物は見に行きたいかも、と思いまして。
金沢は中学の時に家族旅行で行ったきりだし、じゃーまぁ、ここにしとくか。

て感じで、金沢に行って来ることを決定したのでした。

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12月24日。
夕方、バイトを終えて友人宅へ。クリスマスおでんパーテーにケーキを携えて参加。
おでんもケーキも美味でした。ハッピーメリークリスマス。語った内容は苦い味だったけど。これも、明日のウチらの糧になるといい。
22:30、名残惜しさを感じつつ、潰れゆく友人を尻目にしつつ、夜行バスに乗るべく新宿駅へ。道中も駅に着いてバスを待つ間も、軽くドキドキしてた。夜行バス乗るなんてすごい久しぶりだ。
23:50、予定より少し遅れ目でバスが出発。席は後ろから二番目の真ん中の列。普段から寝つきが悪いので、車中でそう簡単に眠れる訳がないとハナから諦めて、起きたままぼーっとする。しているうちにうとうとしてくる。浅い眠りから自分のよだれの冷たさで起きたりしているうちに上里SA(埼玉)に到着。いつもはね、よだれ出ないように舌 噛んで寝るんだよアタシ。電車の中とか授業中とか。でも時々 口あけて寝ちゃうとね。うっかりね。・・・・・・人間だったらよだれぐらいだすべ? 大人になっても。
上里を出たあとはあんまり眠れなくて、起きたまま名立SA(新潟)に着いたんだった気がする(うろ覚え)。雨が降ってて、すみっこには雪が積もってました。だから、金沢も雪かなー雨だったらやだなー、とか思う。今年 初めての雪だったんだそう言えば。暖冬だから関東圏では降りませんかね今年は。
名立を出た後は寝たり起きたりを繰り返してたけど、割と深く眠れたと思う。もうすぐ金沢駅ってら辺で車内灯がつけられて目覚める。他の皆さんも起き出して荷物をまとめ始める。

12月25日。
7:10、金沢駅に到着。寒い。けど、思った程ではなく。息は白い。
着いた、としみじみと感動。しつつ、ものごっつ行きたかったトイレへダッシュ。
一息ついて、さてここで問題が。
金沢に着いた時点で、アタシの持ち金、201円。と、図書券500円分。
お金おろしてくんの忘れちゃってさー。新宿 出る時にもう時間切れしょ? だから、まー何とかなるかーと思ってそのまま来てしまったのでした。
でもATM開くの9:00じゃん? あと2時間あるじゃん? お金ないと店入れないじゃん? バスにも乗れないじゃん?
・・・・・・・・んだったら、取り敢えず、歩くか。
目的地である21世紀美術館へのアクセスはバスがご案内されてるけど、行けないこともないんじゃねぇ? と、距離を測りさえさずに断定。遠いにしたって、9:00になってお金おろしたらそこからバスに乗ればいいんだし。てことで歩き始める。
天気は快晴。雲ひとつない、薄水色の空。太陽の姿は見えない。まだ低いところにいるらしい。雪は降ってない。道路が濡れてるから、雨が降ったか雪が溶けたかかな、と思う(結局 雨だった模様)。
ガイドブックについてる地図を参考に百万石通りをずんずん進んでいきました。

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という感じで始まったぶらり気ままなひとり旅。2に続きますよー。
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by ling-mu.m | 2004-12-26 17:28 |
今の日本のアートは世界でどんな位置づけなのか
久し振りに見ました。デジスタ
たまたま居間に行ったら番組が始まるところで、今年の一等賞を決める「デジスタ・アウォード2004」なるものをやるっちゅーんで夜更かしついでに見てみた。

各回のグランプリ(て言うんだっけ?)に残ったというだけあって、面白い作品がちらほら。
でも、やっぱりどうにもイマイチ感が拭えませんな。
見てるだけ・触れられないからかもしれないけど、もうちょっと面白くなるんじゃ? と思える作品が多数。
まぁ、番組自体がアーティスト発掘の場というスタンスっぽいので、それでいいのかもしれないけど。テレビ番組として見るには如何なものか。

もっとお金を。自由に活動できる環境を、彼らに与えて欲しいものですね。
アタシがもし億万長者だったらやるなー。明日の世界を担う芸術家 囲って育てるの。
まぁ、なんでも手に入る状況で生まれる芸術に価値があるかっつったら、それはまた難しい話ですが。
貧乏だから知恵 絞るんだしね。

ずれた。デジスタの話だ。
アタシが気に入った「Long Autumn Sweet Thing」が最終選考に残りましたよ。やった。
光と音のインスタレーション作品。素敵。音がね、一般的な、メロディーのある「音楽」じゃないところが魅力だと思うのです。
電話にまつわる音で構成されてるのね。プルルルルル、ツーツーて。
凄くシンプルにできてるのに、音への光のリンクのさせ方がとても奥深いのです。
軽く感動してしまった。シリーズ化さして、他のパターンも見てみたいです。どういうものを作ってくるかが楽しみに出来る作家だと思う。

しかしまぁ、みんな凄いですな。
イマイチ、とか言ったけど、それは観る側の視点として間違ってないと思うけど、でもやっぱ単純に、「こんなん自分でつくっちゃたの? あんた凄いねー」て、言いたいですよ。全員に。

芽が出てる人も出てない人も、頑張れ日本のゲージツ家。

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追記。
「Long Autumn Sweet Thing」は、2002年から展開されていて、既にシリーズモノなんだそうだ。→公式サイト
もう少し早く出会ってればなー。展示作品 観に行く機会があったかもしれないのに。
またやってくれますかね?
出会いってホント、タイミングだな。
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by ling-mu.m | 2004-12-22 01:50 | 日々
守られているモノの魅力
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写真美術館に行った際、恵比寿ガーデンプレイスを一人でぶらついた訳ですが(クリスマス前にしていいことじゃなかったYO!)、そこで、バカラのシャンデリアが飾られていたのね。
結構な大きさで、当然キラキラしてるし、綺麗で、みんな歓声あげたり写真を撮ってた。
ロマンチックな代物だなぁと、アタシも思った。それなりに。
でもねぇ。この飾られ方はどうなのかと。

建物の中に入れられて、がっちり守られて。
勿論、シャンデリアつーのは屋内に存在するものですがね。
天井から吊るされて、部屋を演出するためのものですけれども。
でも、この建物は単なる「いれもの」でしかないじゃないですか。
豪華で高価な作品を、安全に大衆に見せるためのいれもの。
このいれものが例えばもっとコンセプチュアルなもので、シャンデリアに合わせてデザインされた、それこそ部屋のようなものだったらば納得もしましょう。そういう見せ方自体が作品なんだ、と思えるから。
でもこれは違うでしょう。
ただただ作品を守るためだけのもの。
見せよう、って気があるんなら、まずこの窓枠というか格子というか、その部分を何とかすべきだ。
邪魔じゃん、思いっきり。視界 妨げてんじゃん。
考え方が足りないと思う。
見せ方まで合わせて作品だろう。どうすれば一番美しく見せて魅せられるか、そこまで考慮するのは当然のことだ。
守るべき物だって時点で魅力あるものなんだけど、守った結果 魅力が損なわれるようじゃ駄目だろう。それじゃぁ作品が可哀相だ。

少し前にも、同じようなことを思った。
今、みんなが夢中なPSP。発売前に貼られてた、駅の壁面広告。
本物が使われてたんだよね。本物のPSPが三つ並べて貼られてて、画面にはゲーム(多分)のデモ画面が流れてる。
本物を使う広告のリスクは大きいけど、それだけ自信があったってことでしょう。実際よく売れてるみたいだし。
だから、その広告手段は凄いと思った。斬新だし、勇気あるし、色んな意味で。
でもねー。その広告の横にさ、がっちり、警備員がはりついてるの。二人か三人。
で、道ゆく人は興味持って近づいて、覗き込むじゃない。それをじーっと目で追うのだ、彼奴らは。
んで、手を上げてちょっとでも触れようとしようものなら「あ、すいませーん、触らないで頂けますかー」て。
マジ、現場を目撃した時は興醒めしたね。
あーやぱっりねー。そりゃそうだよねー。つまんないねー。
て。
気持ちは分かる。守らなきゃいけない事情も分かる。
でも、それでもさ。カッコイイものを見せて貰いたい訳さ私は。
ぐうの音も出ないような広告に出会わせて欲しい訳さ。
警備員なんかついてちゃ、そんなものとは程遠い訳さ。ねぇ?

ちなみに、丸の内のoazo内でもこないだまでPSPの広告が展開されてまして。
大量のマネキンにサンタの服を着せて、その手にはPSP。
マネキンは十数体ひと組で外を向いて輪を作り、輪は二つか三つ(うろ覚え)。
人物相関図なんてのもついて、大変楽しい立体広告。

だがしかし、そこにはやはり、警備員(・・・一句)。

まぁね、今回は広告塔が人型だしスペースもでかいし、あんまり気にならなかった、てのが本当のところだけどね。
でもやっぱ・・・ねぇ。気分悪いじゃんか。写メ撮ったりして、喜んじゃってたけどもさ。
てか、面白いことは面白いんだから。それを追求して欲しいという話。


何かいい方法はないものかね。
魅力あるものを、その魅力を損なわずにかつ安全に、大衆の前にさらす方法。
赤外線とかでなくて、そんな怪しいものじゃなくて。
意識を高めるとか、そんな道徳的なことでもなく。
発明。
できないものかしら。ドラえもんがまだなこの世界じゃ、無理かなぁ。
アトムが生まれても解決はしない問題だしなぁ。
難しいかなぁ。
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by ling-mu.m | 2004-12-21 01:10 | 思慮
写真展ふたつ
昨日のことですが、写真展に行こうと思い立ち、お出かけしました。
ひとつめは、RECRUITが行っている中国若手写真家4人展。銀座にて開催中。
RECRUITのビルの中にギャラリーがあるらしく、てことは日曜は休みかも? と電車の中で気付いて、辿り着いてみたらば案の定。うーん、残念。

RECRUITがアート支援の活動をしているってことを、今までアタシは知らなかった。
会社自体にはR-25を出してきたあたりからぐーんと興味が湧いてて、色々調べてたんだけど。
元気ある企業ですよね。もしこのまま自分の興味が持続して、やってることにも「これだー」て思えたら、就活の時にトライしたいなぁ、とぼんやり考えております。ハイ。

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で、気をとりなおして今度は恵比寿の東京都写真美術館へ。
「明日を夢見て」~アメリカ社会を動かした ソーシャル・ドキュメンタリー を見るためです。

19世紀後半から20世紀前半のアメリカでは、不安定な社会状況を良くするために数多くのドキュメンタリー写真(社会的な問題を記録した写真)が撮影されました。さまざまな社会問題を写真に捉え、それを世の中に広く発表することは、多くの人々に現実を突きつけ、ついには社会改革をおこすチカラとなりました。また、それらの写真は単なる記録にとどまらず、芸術性の高い作品が数多くありました。この展覧会ではそれらの作品約200点を紹介し、社会を変えようと熱く立ち上がった写真家たちの、勇気と挑戦の軌跡をたどります。
                                      (公式HPより引用)

いつだか鍋パーチーをやった時に、たまたま鍋の下に敷かれていた新聞で取り上げられていて、行ってみようと思ったのでした。
そこに掲載されていた写真は、幾人かの新聞少年たちが並んで写っているもの。
Lewis W. Hine の作品が主立っていて、展示されていた写真はそんな感じの、働く少年少女たちを被写体にしたものが殆どでした。
働いている姿というよりは、ポートレイトに近いもの。彼らの目線はカメラのレンズに向けられています。
劣悪な条件下で働かされ、満足に学ぶこともできなかった子供たちの姿は、やはりそれなりに訴えるものを持っています。
幼い、小学校低学年にも満たない子供を労働力にしなければならなかった社会。
家族の大事な稼ぎ手であった子もいれば、自ら働かなければ生きていかれない子もいたでしょう。
現代の、少なくともこの国では考えられない話で。
いつの時代も、変革を呼びかけるには勇気や時間が必要です。当時も、「子供たちに学習する機会を!」と叫ぶには、大変な労力が必要だったでしょう。
写真というメディアがなかったならばしかし、その労力は倍かその倍、とにかくもっと苦労しただろうと予想することは容易です。
そこに在るものを、ありのままに写す。
そのチカラは万能ではないけれど、絵や文章といった、それまで主に使われてきたメディアよりかは、明らかに有効な方法だった訳です。
そう考えると、写真の登場というのは単純に凄いことだったと。
万人に共通して同じものを見せることができる凄い媒体だと。思う訳です。


展示自体は、もう少し報道写真っぽいものかなと思っていたので肩透かしくらった感じ。
色んな人の作品が少数ずつっ紹介されているのもいかがなものかと。
下手すると一枚ってのもあって、それはあんまりじゃないかと。だったらいっそ作者の紹介はせずに、作品だけ並べられた方が見やすかったなと思った。

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もうひとつ、写真美術館で「写真新世紀」という展示がやってました。
無料だからついでに行ってみたら、公募展の入賞作品披露、みたいな催し。
人がわんさかいて、ちょろっと見ただけで出てしまったんだけど、優秀賞をとった作品がもーのすごく大きく展示されていたのね。
それこそ壁一面、て感じで。
その大きさが、何でだかすーごく面白くて。
写真云々の前に、大きさにわくわくしてしまった。
もし自分に作品を発表する場があって、こんだけのことさしてくれるんだったら絶対やってみてぇ! とか、夢見たりしたのでした。
デカいことはイイコトだ。
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by ling-mu.m | 2004-12-20 13:27 | アート的な
句点とピリオド
句点には意思がある。
と、今日ふと思った。
というか、ピリオドにはそれがないなと思ったほうが先かな。

ピリオドって点でしょ。
簡単に、ペン先ちょっと紙につけるだけでいいじゃない。
それって何となくできてしまう作業。
特に意識することもなく。
何かを書きとめた後、ペンの勢いを止める感じでちょん、と書く。てことを、割と多くの日本人もしていると思う。

でも句点、いわゆる丸はさ、ある程度 意識的に書くじゃない。
何気無く、癖みたいに書いているかもしれないけど、でもそこに意識は必ずあると思うんだ。
書いたことを「しめよう」という意識。
実際、しまった感じがするでしょう? 丸のおかげで、かっちりすると思いません?

アタシは思うんだけどな。
そして句点には情緒があると思う。
別に優劣を問いたい訳ではなく、そっちのが好き、てハナシで。
最近の(て書くとババくさいなー)、メールや何かで句点重ねる(ex:~ですね。。。。)のは意味分からん、と憤慨している人ですが。
別に頭堅い訳じゃないよ。好みの問題だよ(言い訳ちっく・・・)。

魅力的な読点の使い方ができたらなぁとは、常々思っていることであります。
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by ling-mu.m | 2004-12-14 00:19 | 思慮
希望の光は青いと思う。
今日は珍しく、昼ご飯を学食以外で食べてみた。
レトロのオムライス。とろとろの卵が美味。

そのまま、学校の真向かいにある穴八幡宮へ。
ど近いのに初めて行った。ナイス和みスポット。
紅葉がすーごく綺麗で、風は冷たかったけど陽射しはぽかぽかあったかいし、街の喧騒は遠くにあって時間はとても穏やかに流れる。
些細な、でもたしかに幸せなひととき。

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でも、ちょっとした出来事やどうでもない一言に、幸せは簡単に奪われる。
それは、どこまでも気分屋な自分のせいって分かってるけど。
簡単に気分を害す、自分のワガママだって分かってるけど。
でも仕方ないじゃないか。
アタシだって好きで機嫌悪くしてる訳じゃないんだ。好きで哀しくなってるんじゃないんだ。
本当は強く在りたいんだ。
そのための努力をしていないだけで。

腐るアタシが悪いのか。
腐らせる世界が悪いのか。


前を向けない。
希望が持てない。
自分に成し得ることが分からない。
そんなものあるのか。ないんじゃないのか。

何ができるかじゃなくて何をしたいかが大切だ、と人は言うけど。
そう思えるようになることがまず難しい。です。ハイ。
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by ling-mu.m | 2004-12-14 00:02 | 日々