カテゴリ:芝居/舞台( 85 )
ラボ20 #18
久し振りにダンス。しかも珍しく(てか、初めて)横浜で。

場所は横浜駅から程近い小劇場・STスポット。キャパ60ぐらいっぽいちっちゃーい所。
そこで行われた「ラボ20 #18」にトモダチが出演するため、観に行ってきました。
ちなみに以下は公式HPより引用。

 「ラボ20」は、身体表現の新たな局面を切り開こうとする作家を対象にしています。
 現在活躍中のアーティストがキュレーターを務め、オーディションから出演者を決定し、
 公演全体をデザインします。

だ、そうな。
70組近い応募の中から最終的に選ばれたのは8組。その中に、我らが南ちゃんもいるのです(ピロとかミスチルとか、読んでんならそろそろコメントのひとつもしたらどーよ。淋しいじゃん)。
8組はA・Bの2組に分けられていて、本日 観てきたのはBプログラム。
「KeM-kemunimaku-project」と「山縣美礼×矢萩竜太郎」と「きこり文庫」の3組です。


さて感想ですが・・・。
全体として、やっぱりダンスは難しい! て、結局は、思っちゃうんだよなあぁぁー。
いい加減そこから前に進めよ! て感じなんですけど、頭でっかちで理屈こねるのが好きな性分が邪魔をするらしい。
ダンスを受け止めるって、特別な感性が必要な気がする。特別っていうか、別のっていうか。

今回 考えたのは、「言葉がない」こと。
基本的にダンスって言うのは台詞がなくて、ストーリィもなくて、言葉が作り手・踊り手と観客を媒介しない。
どう捉えようと自由、何を思おうと自由。
その自由っぷりに、あたしは足を捉えられているのか。
何か、を、感じたい。
でも、その、感じた、ことが、正解か否かが、気になる。
正解なんてないんだよ、てのが、本当のところなんだろうけど。

言葉がないってのは、リアルじゃないってことでもある。気がする。
いま・ここ に、何かを表現する「ひと」がいて、本来 人は言葉でもって意思疎通をするもので、以心伝心とかあるけど、でも基本は、言葉を使えば伝達力をあげられるもので、一概にそうとは言えなくても、そういうもので、でも、目の前のこの人は何も言わない。喋らない。明確な感情が見える行動もとらない。
「人と人」という関係において、言葉がないってのはだから、非リアルなんだと思う。

ところが、ダンスは芝居と違って「作られた誰か」ではなく「あなた」をぶつけられる。
差し出されるものが、すごく生身で、そういう意味では、このうえなくリアルなのかなとも思う。


とか・・・色々 思ったんだけど、他にも考えたことは沢山あるんだけど、それぞれについて言いたいこともあるんだけど、ちょっと息切れしてしまった。
書けば書くほどとってつけたようになってしまうのは何でだろう。
自分の中で熟成されてないってことなのかなー。
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by ling-mu.m | 2005-12-10 00:18 | 芝居/舞台
不満足な旅
青木さやかより友近の方が面白い。

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稽古場でおおむねボンヤリと過ごした後、下北沢はザ・スズナリにてペンギンプルペイルパイルズ第10回公演「不満足な旅」を観る。
今まで個々に作家(演出家)・役者を観て来て、やっとこPPPP本公演に辿りつきました。
今まで彼らの作品を割かし大きいところで観ていたためか、スズナリで公演というのは正直ちょっと驚いた。もう少し大きな所でやっても人は入るんじゃないのか? て。
一応 全席指定でしたが、当日券もあったし次回公演もスズナリのようだし、このぐらいのキャパでもう少しやるつもりなのかしら。
デカい所でやるなら他で、という感じなのか。どうなのか。

と、思っていたのだが、今回公演は、まぁ小屋にあった話だったのかなという気はする。
これを本多劇場でやると・・・いや、それはそれで観れるかなぁ普通に・・・。
よく分かんなくなりましたので考えるの やめ。別にアタシが観れりゃ それでいいんだべな。

小林高鹿さん可愛かったです。「写楽考」ではその魅力があまり出てなかった気がするので嬉しい。
小林さんにちょっと情けない役をやられるとトキメキます。

 「登場人物はみんな必ずや初対面」という制約を設けて書いてみたのが、この戯曲でした。

という倉持さんの言葉がパンフにあります。続けて、

 書き終えてみると、初対面の関係が露呈させたのは、「相手をどう扱ったらいいのか
 分からぬ戸惑い」ではなく、「自分をどう扱ってほしいのかという自己主張」でした。

とも。更には

 登場人物たちの、「きっと二度と会わない」という確信に基づく、強気な自己紹介を楽しんで
 もらえたら嬉しいです。

だそうで。
成程そういう芝居でした。強気な自己紹介。

小ネタ小ネタで申し分なく笑えましたが、観終わってしまえば何も残らない類の物語ですかね。
果たしてそれが意図されているかどうかは ともかく。
もうちょっと謎解きとファンタジィ炸裂の倉持作品が好きなので、少々もの足りなかった、というのが正直なところです。
意味わっかんねぇ! の部分もあったけど、もっと惑わされたい。混乱させられたい。
今公演は非常にシンプルで、シンプルすぎてもの足りなさを感じてしまいました。

来月には「バット男」が放映されるらしいです。非常に楽しみ。「パリアッチ」のDVDも出るしね。

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本日は古田氏に続き、木場勝己らしき人を30センチ先に見かけました。近すぎて真偽の程は知れません。小心者なので、見直して確かめるなんてことはできないのですよ。ええ。

明日(日付的にはもう今日ですか)は「労働者M」の一般発売日ですね。緊張するなぁ。
取れなかったら「カラフルメリィでオハヨ」もある訳だけど、競争率は似たようなものでしょうな・・・。
あーやだやだ。
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by ling-mu.m | 2005-11-19 02:12 | 芝居/舞台
SKIP
ウツで眠れなくて暖まりついでに居間に行ってテレビのチャンネルを変えてたら鈴木裕美と成井豊が対談をしていて(正しくはもう一人いて鼎談だったんだけど。ていうか形式としては成井へのインタビューというのが本当のところなのかな)、何となく見ていたら「それではSKIPを観て頂きます」て鈴木さんが言って、え? と思ったら始まってた。

という訳で、偶然 観ました。
演劇集団キャラメルボックスの「SKIP」。
原作は北村薫さんの「スキップ」で、私はこの作品が凄く好きなので、それの舞台化というのはどんなものかな、と、多少の興味を抱いていました。
が。
やっぱりそこは、キャラメルのやることだからね・・・。
期待はしていなかったけれども!
最後まで観たけれども!

やっぱり、好きじゃねぇや。キャラメルボックス。
高校演劇みたい。
揃いも揃って肩に力入った、「ザ・演劇」みたいな芝居しやがって。
うっとおしいことことの上ない。

原作が好きな物なだけに、ただただ叫ぶことでしか訴えられないその力量に、ガッカリさせられる。
ちっがうだろー、そこはそんな温度で語られてねぇだろ!
ていう。文句が。ほとばしりますよ。
何でかなー、何でそんな芝居をよしとするかな?
分かんないなぁ!

原作の文章をそのまま使うという試みをしているようなんだけども、アタシにとって大事な文章や言葉が、その他のそれらと一緒くたに、同じ調子で喋られてしまうがために、ないがしろにされてる思いがしました。
そこは、単なる文章と台詞の違いだって分かっちゃいるけど。
でも、なー。

やっぱ駄目だわキャラメルボックス。という感想ばかりが、残りました。
疲れる。
熱すぎるんだよな。
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by ling-mu.m | 2005-11-07 03:49 | 芝居/舞台
目的地
チェルフィッチュの新作「目的地」をこまばアゴラ劇場まで観に行く。
友達が岡田利規 付近で何やらやっていたことから興味を持ち、ちゃんとした公演を観るのはこれが初。
過去に世田パブで「クーラー」という短い作品を観たことはあり、作風は何となく心得てた。
が、一時間四十分という長さでいわゆる「超リアル日本語」による芝居(芝居?)を観るのは、なかなかどうして、結構な労力を要するものだと学習した。
取り敢えず、寝不足は駄目ね。疲れてても駄目ね。
ハイ。またしても寝ました。寝ました。ゴメンナサイ。・・・・・・アタシだって悔しいわよ!

でも、危機感を持ったのは最初だけで、意外に観れた、というのが正直なところかな。
寝て起きたら、ちょっと凄い話になってて驚いた。
西崎の妄想で、子供を生む覚悟について、女を責めるシィン。

ダンボールと鉄板(多分)、二枚の大きなスクリィン。それと椅子。
狭い舞台にあるのはそれだけ。
人々が入れ替わり立ち代り、自分の台詞や人の気持ちを喋る。誰が何役、というのがイマイチ確定しない、曖昧なキャスト陣。
そして日常の些細な動作をわざと大きくしたような、振りとも何とも言えない手足の動き。
ダンスと言うには小さく、芝居と言うには不自然な身振り。

嫌いな人は嫌いなんだろうなと思う。
そしてアタシは嫌いではないなと思った。好きでもないけど。

「超リアル日本語」についてもまた同じく。
「はっきり しゃっきり喋らんかぁ!!」と恫喝したくなる、でも身に覚えも確かにある、的を得ない、なかなか核心をつかない、何度も同じことが繰り返される台詞。
こんな風に台詞を考えていると気持ち悪くなるんじゃなかろうか・・・。大きなお世話ですが。

「誰かの気持ち」を、「本人じゃない人」が喋ることにより、こういう風に自分の考えていることは他人に想像されているのかもしれないし逆もまた然りなのだろうと思った。
と同時に、ここまで懸命にあいつ今どう思ってんだろう、なんてことを考える日常は、実はあまり無いのかもしれない、とも思った。
そういう意味では、この芝居の人々は皆、他人(と言えど、それは恋人だったり伴侶だったりする訳だが)に対する気持ちが強すぎるのではないか、という気がした。それはいいことであり、悪いことでもある。
でもよくよく考えてみれば・・・やはり自分も、日常、あの人きっとこう思ってんだろうな、と考えることは多々あり、それは「あの人」が持つ感情が悪意や嫌悪に近いものほどそういう想像力が働くなぁ、とも思い当たる。
そりゃ、多分あの人アタシのこと好きだわ、なんて考えることは人間誰しも(そんなことはない?)極力 避けたいものですからね。


この話のテェマはやはり「コドモ」なのかな、と思う。
港北ニュータウンについて、という前フリで惑わされそうになるけれども、やはり終始一貫して訴えられていることは「コドモ」についてなのかな、と。

遊び人のイス君の子供を身篭ってしまったかもしれない前田さん、それに対するイス君の不誠実な考え方、猫を飼おうと思ったけど奥さんの妊娠が発覚してやめた西崎さん、子供が無事 生まれるか不安にとり憑かれる奥さん、ファミレスで騒ぐ子供を制しない親へ怒りを抱く西崎さんの同僚。

コドモを生むこと、コドモを育てること。
そういうことに対する、大人の、ボクタチの意見。主に悪い感じの。

幸せにできる確証もないのにコドモを生む、その罪の重さ。
ここでは「だって日本は戦争してるんだよ、男の子だったらいつか徴兵されるんだよ」という極端な例で語られていたけれども(徴兵、て・・・)、それに限らず、イジメとか学級崩壊とか変質者とかストーカーとか、年功序列の崩壊と能力主義の台頭とか環境問題とか根強い学歴主義とかアメリカ式競争社会への流れとか色々、イロイロ問題はある、訳で。
でもそんなん言ってたら子供なんていつの時代も生めないし子孫繁栄は生物の本能行動なんだから言ったってどうしようもない。
どうしようもないけど、そういうことを言いたい人は沢山いて、心配してる人が沢山いて、だから岡田さんは言ってみたのかもしれない。試しに。

子供がちゃんと生まれてくるか心配だ、ていう奥さんの気持ちもまた、そうで。
お腹の中にいる時に障害の有無が判定できるようになって、でもそれに反対する声も当然あって、でもやっぱり何事もなく生まれて欲しい、ていうのが親の本音である訳で。

そういうこと全部、言ってくれたのかな、て。
西崎さんの同僚の、うるさい子供を放っとく親への怒り、というのも。
全部、代弁してくれた。
私にとっては、そういう作品。
だから何だかスッキリしました。

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昼間は、人がザワザワいる学校祭へ。
あまりの人間の多さに負けて、結局いつも通り文キャンの喫煙所でうだうだしてました。
たこ焼とじゃがマヨは食べた。それで充分。
去年はこの中をサークルの広報でビラ配りとかしてたんだな・・・と思うと、いやぁ、若かったな、なんて思います。
失われたパワァはきっともう戻ることなく、このまま駄目な方向へナナメに落ちてゆくのでしょう。
それもまたよし。
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by ling-mu.m | 2005-11-06 00:31 | 芝居/舞台
越前牛乳
シアターアプルにて、カムカムミニキーナ15周年記念公演「越前牛乳」を観て来ました。

夏に「エドモンド」のチケットを取っておきながら観に行けなかったという悲しい出来事の弔いとして、八嶋智人を拝んでおこうと思いまして。
小劇場離れが著しかった最近なので、久し振りにドタバタしたうっとおしい舞台が観れて面白かったです。
何と言ってもやっしーが元気なこと元気なこと。
映画「約三十の嘘」では、ウザいうえに飽きがくる彼の演技でしたが、舞台の上だと違和感の欠片も無い。やっぱり、そういう演じ方なんだろうなと思いました。
シリアスにも出来るんだろうけど、おどけたキャラだとどうしてもしつこくなってしまうんじゃなかろうか。

カムカムミニキーナ自体を見るのは初めてのことで、ものっすごいアドリブ旋風と失敗だろうぐらいのうるささは、果たしてお祭ムードがもたらすものなのか元から備えてる性質なのか。
もう一作ぐらい見てみないと そこは分かりませんね。
でも常にこのはしゃぎっぷりだったら中々ファンは定着しなかろう・・・から、まぁ、作風はひとつではないのでしょうが。そこはやはり十五年 続いてきただけの何かがあるのでしょうけども当然。

それにしても よく動いてました、八嶋さん。もの凄い数の飛び蹴りをいれてた。松村 武に。
もうホント、この二人はやりたい放題な感じでしたけど。いいんですかこんなんで、て感じでしたけど。いや、まぁ・・・いいんだろうな。面白かったから。

アドリブ入りまくりでハチャメチャな台本に見えながら、実は結構まともな(・・・でもないけど)筋のホンで、アタシは好きです。
言葉遊びが好きな質なので、やはりこの手のホンには感心してしまう。うまいなぁ、て。
演出の仕方で全然 違う作品に出来そうで、高校生あたりがやってみるのもいいんじゃないかしら、と思いました。
じゃれあい無くせば相当 短くなる筈だし(ホント、一回じゃれ始めると止まらないんですよ。何処までも続くの)。

吉本新喜劇みたいなノリなのかな。演劇的要素は当然もっと大きいですけど、でも松尾スズキが作る物ほどに重くはないし、KERAのようなナンセンスなギャグでもない。演劇演劇しすぎてない、というのもある。まぁ それは今回たまたま、てことかもしれないけれども。
ギャグとしては、やはり吉本新喜劇が一番 近いような気がします。王道をゆく、というか。
殺陣は下手でしたね。でもアレで殺陣が上手かったら異様にそこが浮くのかもしれない。と思うと、アレはアレでよいのかしらん。

やっしーが観れて嬉しかった。
でも正直、やっぱり「エドモンド」が観たかったです(そりゃそうだ)。平岩 紙、好きなんだもん。
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by ling-mu.m | 2005-11-04 00:50 | 芝居/舞台
ダブリンの鐘つきカビ人間
多分あと30分ぐらいで落ちるからテンション高いうちに書いてしまおう。

今日は愛すべき片桐 仁に拍手を送るべく、ル テアトル銀座にて「ダブリンの鐘つきカビ人間」を観て来ました。
劇場の名前が何となくセピア色。銀座だし(だし?)。

後藤ひろひとは多分 苦手だろうなーと思って避けてきたのだけど、片桐が主役を張るってんなら観ない訳にはいきますまい。
「MIDSUMMER CAROL」上映会とトークイベントにも行きましたし。

会場がバイト先から近いせいで えらい早く到着してしまい開場まで時間を持て余していたので、席着くのがまたえらい早かった。
そんでその席がまた近くて。二列目のど真ん中。
「パリアッチ」の時に近すぎる席には懲りてたので軽く参った。
まぁ でも片桐が間近で観れるんだからオイシイや! と気を取り直す。
ナマ仁君は三度目です。賢太郎さんにはいまだに会えません。誰かポツネンのチケットくれ。

開演前にチラシ見てたら観たい芝居がいっぱいあって、何か元気が出ました。
芝居はやっぱり薬になるなと思った。好きだわ。
これ観ないで死ねない、て思っていよう。


さて、主役片桐。トークイベントでは「ラストチャンスだと思って頑張ります!」を連呼していた片桐。記者会見でも言ってたか。
役どころは、かなり まともな、ヘンタイではないキャラで、正直ちょっと物足りなさを感じた。
仁君には、はっちゃけてて欲しいんだよ・・・。キレてて欲しいんだよ・・・。
そして出番が思ったより少ないよ!! 構成上でも、もう少し彼のシィンはあった方がいいんじゃなかろうか、と思えた。エピソードが少ないような。
土屋アンナと羹暢雄が主役みたいだったもん。

昔語りで始められるストーリィ。
霧に足止めされた旅行者のサトシ(羹)とマナミ(土屋)は、ある街の市長だったという男(池田成志)の家に宿をとることになる。
置かれていた剣、何処からか聞こえる鐘の音をきっかけに、今は何も無い荒野にかつて存在していたという街の出来事が話される。
そしてその物語の中に、何故か自らも登場してしまう若者たち。
その街の市民は、皆 奇病に襲われていた。
3キロ先のハエが見える程目がデカくなる。天使の羽が生える。柿の木が生える。巨大なヒルが食いついて離れない。
その街に視察に来た王様(後藤ひろひと)も、「偉ぶれない」病気にかかり、自ら出した封鎖命令によって街から出れない。
それぞれが悲惨な病に苦しむ中、最も哀れな男がいた。
かつては、見目麗しい美少年。街中の女が彼に惚れ、街中の男が彼に嫉妬した。ところが性格は最低で、意地悪で傲慢で不遜。しょうもない男でもあった。
病にかかり、彼は体中をカビで覆われた。腐臭を放ち容姿は醜く、誰もが彼を嫌い、遠ざけた。
その心は清く澄み、優しくて正直で真っ直ぐで、そして少し馬鹿になった。
それが、片桐演じるカビ人間。彼の仕事は鐘つきだ。正午10分前に教会の鐘を鳴らし、皆にお昼の準備を促す。
酷い病にかかる人間がもう一人。思ったこととは反対のことを言ってしまう少女、おさえ(中越典子)。
彼女がカビ人間に出会うことで物語は始まり、そして悲劇的なラストへと走る。


取り敢えず、中越典子は下手くそでした。ハセキョー程ではないけども、それは台詞が少なかったせいかもしれない。声が細い。咽で声出してるなぁ、というのが、よく分かります。
羹もそう。土屋アンナも割とそう。この三人はどうにも、何か。まぁいいんだけど。若いし。土屋アンナ可愛いし。でも怖い。目が。同じ系統なら瀬戸カトリーヌの方が断然 好きだわ。

悔しいけどすごい観ちゃったのは、守銭奴神父その他を演じた山内圭哉。渋谷で働く社長から奥菜恵とっちゃった人。
いい具合に冷めてんだ この人。市長役の池田さんとのシィンが多分 一番多いんだけど(裏の主役と言っても過言ではなかろう・・・)、池田さんがキレてるから、足して割って、ちょうどよくなるのよ。ちょっと熱めのお湯って感じで。
この二人の掛け合いは、もう たまんなかったですね。群馬水産高校。

そして「LAST SHOW」以来になるのか、侍従長役の中山祐一朗。いーい狂気っぷりですよ、この人もまた。この人いて片桐さんもヘンタイキャラだったらちょっと大変なことになって収拾がつかなくなりそう。池田さんもキレキレだし。
一番笑ったのはアレだ。マックだな。「お持ち帰りでしょうかー」「問題でーす。」
あのシィンのためだけにDVDが欲しい・・・。

そして、カビ人間・片桐。
病にかかると同時に記憶を失い、鐘をつくことに とにかく一生懸命で、人を疑わず好きな人の罪を被る、街中の人に嫌われてもめげずに挨拶を繰り返す。そんな、愚かで優しい男。
好演してたと思いますよ。イロメガネ入ってるかも知んないけど。
僕が鐘をつかなくちゃ、みんなお昼を逃しちゃう。本気でそう思ってる男。
かつては言葉巧みに人をだまし弄んでいた眉目秀麗な男は、容姿の変わりに美しい心を手に入れた。でも、その生き方はあまりにも不器用で真っ直ぐで、イタい。
何が彼をそんなに、鐘つきへと突き動かしたんだろう。
命を落とす危険を冒してまで、鐘つき堂に登った。そして結局、最期は鐘を鳴らせないで死んでしまった。
子供みたいに、理屈抜きの真っ直ぐさ。を、示したかったのかな。
利己的な画策をする市長と神父の真逆にいる。かつての自分の真逆にいる。
でも、結局カビ人間は幸せになんかなれないじゃないか。嵌められて死んで、馬鹿を見たじゃないか。

お手本みたいに、こういうのが正しいんだよ、て示されないのは苦しいね。
こうあるべきなんだよ。こうすればきっと幸せになれるんだよ。
そんなマニュアルはねぇよ。
それが現実なんだよねぇ。


後藤ひろひと。「ザリガニ王子」以上にでしゃばってましたねー。
やっぱりねぇ・・・ちょっと苦手なんだよ。舞台一回分、通しで見るには、ガチャガチャし過ぎてんだ。この人の笑いは。くどい。
でも、面白いんだよねぇ・・・。好きな類よ。それは確か。後藤さん自身も芸達者な人だし(演じられるキャラはかなり限定される人ではあろうが)。この人はエンターティナーだな、て思う。注目 浴びるの大好きなんだろうな、て。
でも、役者さんはこの人の書く長台詞を消化しきれてないよね。そういう演出なのかしら。それにしては聞き苦しかったわよ。頑張ってたけど。勿体ないなーって思った。
土屋アンナのほぼ棒読みは…演出なのか。一応 外の世界の人間な訳で・・・そういう表れ?
おさえの婚約者やった橋本さとしは流石の浸りっぷりでしたが。経験の差、かな。
そんで司会者役の舌の回り方 観て、やっぱりこ後藤さんはすげぇや、と思った。まぁ自分の書いた台詞だから、てのもあるだろうけどもさ。

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2002年にやったのの再演な訳ですが、初演時もかなり興味津々な面子でやったんですね。
カビ人間に大倉 孝二。おさえに水野 真紀(どうなんだ? はなまるなイメージしかないぞ・・・)。長塚 圭史も出てますね。何やったんだろ。エンクミも出てる。
あー。大倉 孝二の名前を見たら「赤鬼」が観たくなってしまった・・・。でも長いから嫌・・・。
こないだNHKでダンダンブエノの「礎」の放映をやってて、見たら観客席にアタシがいました。あらまぁ。意外な形でテレビ出演(違)。しかも国営(お上がやった不祥事で迷惑被ってる若いチカラがいっぱい あるのだろうに・・・。つって、親に受信料払うなって言ってますけど。払ってますけど)。
みうらじゅんのスライドショーをWOWOW放映で観て、迷った末にチケット取らなかったことがちょっとだけえ、ほんとにちょっと、悔やまれました。kbt・・・欲しかった。
「12人の優しい日本人」は、多分、きっと、WOWOWでやるよね。三谷幸喜だしね。何なのさ10分で売り切れって。まったくもー。
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by ling-mu.m | 2005-10-31 23:21 | 芝居/舞台
@ザ・グローブ・プロジェクト
冬に本番を迎える芝居に軽く関わってます。
学生演劇を主体として、そこにプロが惜しみなく協力しようという試み。
プロの元締めは天下のジャニーズ事務所さん。
という訳で上演はグローブ座にて。
詳しくはこの辺を参照→シアターガイド 仮設サイト

その芝居の台本がやっと決まったということで、読ませて頂きました。

正直、学生演劇つまんないし、と思っています私は。
大学に入ってからしばらくは学生演劇ばかり観てましたが、割とすぐに飽きました。
だって役者が下手だし、取り敢えず役者が下手だし、何より役者が下手だし。
でも何が一番 嫌かって、客席の、全員 関係者もしくは知り合いですオーラ。
アタシはいつも何のツテもなく勝手に観に行ってる人だったのだけど、身内! ていう、そういう空気にすごく居心地を悪くしてた。
意味の分からない、明らかに身内だからココなんだろうな、というところで受ける客の反応も嫌だった。
その狭さと、閉鎖性が嫌いだった。

そんな私ですが、それでも芝居は好きだし劇サーには入り損ねたし、芝居に中から関わっとくならここだ。と思って、このプロジェクトへの参加を決めたのです。
プロが関わって大劇場でやってチケットもちゃんと売って、それなら あのキモチワルイ空間を味わうことはない、と思ったし。

で、したいのは台本の話で。
プロの脚本家・演出家・演じ手がいくつかの公募作の中から選んだものな訳で、だったらアタシが気に入ろうが気に入らまいが、芝居として作り上げる楽しみを持たせる、面白い台本なのでしょう。
文字で読んだだけでは、まだ、すげぇいいハナシ! とは言えません。
うん、面白い、かなー・・・。という感じ。他の人がどう読んでるか、早く知りたいです。
やはり芝居として立体的にならないと、分からない。それはアタシがまだまだ数を読みこなしてないし観てもいない、ということの表れであって、正直ちょっと悔しいんだけど。
好きは好き。
言葉選びの甘さはあるかな、と思うけど、それは好みの問題かもしれないし、一概には言えない・・・よね。

ま、何はともあれ、台本が決まって演出家も決まって、キャストオーディションも目前だし、本番まではもう後ふた月を切ってる訳だし、これから遅れを取り戻すべくガンガン動いていくことでしょう。
問題は、どれだけ自分が積極的に関われるか、参加できるか。その一点。
ガンバレひきこもり。負けるなコミュニケーション能力不全。
ちなみに照明の手伝いをさせて貰う予定です。当日にも多分 何かしらやっている・・・と、いいな。
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by ling-mu.m | 2005-10-11 18:03 | 芝居/舞台
ヤツアタリをヒトリゴチル
そりゃ予想済みですけど。
当たる訳なんかないと思ってましたけど。
当たったら そりゃー奇跡ですよ。狂喜乱舞ですよ。
でも残念ながら踊れずですよ。

くっそー・・・。
ぴあの馬鹿。プレリザーブでホントに手に入れたいチケット買えた試し殆どねぇぞ。

どうにかして一般発売日までに手に入れたい。
そりゃ勿論 発売当日に電話も辞さない意気込みですけど。バイトも休みにしましたけど。
でもなー・・・だって無理じゃね? 正直、無理じゃね?
いや、頑張りますけどね?

これさえ観れれば、今年の12月は怖くないんですよ。
赤と緑と電飾に彩られたとて、耐えられる気がするんですよ。
某アメリカネズミテーマパークのCMも、穏やかに見れると思うんですよ。
金沢にすごすご逃げるような真似もしなくて済む筈なんですよ。

いや まぁ、そういう人様に関係がない動機は置いといて。

純粋に、単純に、アタシは野田秀樹の芝居をナマで観てみたいんだ。
夢の遊眠社の舞台が観られなかったことが、もう本当に悔やまれるんだ。
その歴史を、良いところも悪いところも全部、アタシはこの目で見たかった。

という訳で、同志の方がいらっしゃいましたらば、頑張りましょうね。
是非是非 ナマで観ましょうね。
「贋作・罪と罰」。

次はイープラスの結果待ちだなぁ。

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今月のWOWOW目玉は「キレイ」ですかね。なかなか評判良かったですね鈴木蘭々。
酒井若菜 降板でわりかし興味なくしてたんだけど、折角やるなら見逃さないようにせねば。
岡本健一も出てますし。クドカンと阿部サダヲも出てますし。
クドカンと言えば、来年春に新感線と組みますね。「メタルマクベス」。内野聖陽に森山未來に北村有起哉ですよ。春のミーハー祭を決行せねば。
そしてシェイクスピアと言えば、高橋洋が! 「間違いの喜劇」やるって! 吉田鋼太郎も出るって! 埼玉くんだりまで、また行ってしまおうか。
「天保十二年のシェイクスピア」は、12月にWOWOW放映するみたいですね。DVD買わなくて済むかな。正面から、観たかったなぁ。
取り敢えず、目の前の楽しみはペンギンプルペイルパイルズです。
あ、その前に片桐仁だ。ダブリンだ。
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by ling-mu.m | 2005-10-07 00:07 | 芝居/舞台
吉原御免状
秋のミーハー祭、第二弾。
渋谷は青山劇場にて、SHINKANSEN☆PRODUCE いのうえ歌舞伎「吉原御免状」を観て来ました。
円形の方は何度か足を運びましたが、青山劇場の方は初。
そして新感線を(プロデュース公演だけども)ナマで観るのも初めてでございます。
「髑髏城の七人」はDVDで観たんですよ、事前学習として。

天保十二年に引き続き、ミーハー祭に相応しい有名人 勢ぞろいの舞台。
堤 真一、松雪 泰子、おひょいさん、梶原 善、京野ことみ、古田 新太、など。アタシが知ってる役者さんはそれぐらいかな。まだまだ勉強不足です。

上質な、大人のためのエンターテイメント。
でしたね、やはり。
派手な音楽、舞台装置、音響、照明、そして殺陣。
映画みたい。
こりゃ異端視されてた筈だわ、と、この目で見て改めて思いました。

歌も踊りもなくて、多分そのせいだと思うんだけど、第一部が終わった時点では飽きて、もう観に来ないかなと思ってました。歌と踊りに、我知らず期待していたのでしょう。天保の影響もあるかな。
でも、第二部でハナシが心揺さぶられる展開になったのもあって、すっかり魅了されて、終わった時には大満足してました。
思うに・・・第二部で梶原 善が活躍したからではなかろうか。
もうねぇ・・・大好きですよ善ちゃん。大好き。かっこいー。
美味しい役どころだった、というのも大きかったのかもしれない。主人公・松永 誠一郎(堤)を助太刀する領主。
平和な日々に安寧したくなくて、いっちょ死に花 咲かかせてやろうかぁ! て、心意気。
かっこいい。かっこいい。

話の筋も、分かりやすくて かつ面白くて、単純なのにきちんと人の心が描かれているところがお見事、と思った。
原作は隆 慶一郎の同名小説。それを中島かずきが脚色する形で、どれほど原作が生かされているか分からないけれど、非常にうまく、心理描写がなされているなと。

(以下フライヤーより引用)
肥後、熊本の奥深い山中、あの剣豪、宮本武蔵に育てられた若武者がいる。
名を松永誠一郎(堤)。亡き師、武蔵の遺言に従い山を下り、江戸最大の遊郭・吉原へと赴くは、時に明暦三年八月十四日。
「ここは極楽だよ、そして地獄かな―――」
謎の老人・幻斎(藤村 俊二)が、謎の言葉で誠一郎を迎えた、その時。
吉原を不穏な殺気が取り巻いた。
次々と襲いかかる秘密組織「裏柳生」の総帥・柳生 義仙(古田)。それに抗し、誠一郎の助太刀を買って出る旗本・水野十郎左衛門(梶原)。
血で血を洗う暗闘の中、戦いの理由を問う誠一郎に、義仙が言う。
「吉原御免状はどこだ?」
将軍家剣術指南役、天下の柳生が何故吉原を襲うのか。義仙が狙う「吉原御免状」とは何か。
吉原誕生に隠された大いなる謎を追ううちに、誠一郎は己自身の出生の秘密を知ることになる―――そして吉原きっての美しき名太夫、勝山(松雪)と高尾(京野)。ふたつの切ない恋心が、誠一郎に寄せる熱い情けの奥底に、揺れるおんなたちの哀しみとは・・・・・・。

ていうストーリィ。
多分 原作も面白い筈。読んでみようと思う。
色々と思うことはあったんだけど引用して打ったら疲れてしまった・・・ので、後日 追記するやも。しないやも。

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眠れないついでに、追記。
おひょいさんは、調子が悪かったのか、4・5回 噛んでました。心なしか具合が悪そうに見えたのだが・・・役作りならいいなぁ。もう結構な年だし、長丁場だし、無理はせんで欲しい。
ご隠居っぷりは見事でした。穏やかな物腰がダンディーで。

古田演じる義仙の、執拗なまでの御免状への執念が、何と言うか、凄く、説得力があった。
何故 彼が御免状を奪おうとしているかと言うと、御免状を出したのは徳川家康。その父を憎み嫌っていた男が、三代将軍・秀忠。御免状奪回は秀忠の願いで、何でかと言えば家康が許したものを幕府公儀にしているのが気に食わないから。そして、吉原が山の民(商人・職人・芸能者など、自由に国を行き来し幕府体制に組み込まれていない者たち)の隠れ蓑としての役割を果していることも、我慢がならない。要は、全て自分の物に、自分の思うがままにしたいという秀忠思いに、秀忠死去した後も尚、義仙は捉えられているのです。
そしてそんな義仙を愚かだと言い、平和に事を収めることを願う、柳生総帥であり義仙の兄である宗冬。
その辺りの心理描写が見事で・・・何とも上手く言えなくて自分の表現力の無さにほとほと困ってしまうんですが。
何て言うか、吉原御免状奪回の理由が、「出来事」ではなく「人の気持ち」であり、それが明確に、弱まることなくしっかりと表されているのが、凄いと思って。
舞台は小説と違って、台詞でしか人の気持ちを表せないじゃないですか(行動とか表情とか、そういうのもあるけど、いわゆるモノローグやト書きが無理、て言う意味で)。
それを、本当に見事に、「見せてる」ことに、感服したのです。
うう、上手く言えん・・・。
義仙の執着心を見せた、それは古田氏の力でもあるのか。

あと、私は強くて格好いい女にめっぽう弱いので、当然のように勝山太夫の死に様には心打たれたのでした。男前だー。
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by ling-mu.m | 2005-10-05 01:43 | 芝居/舞台
天保十二年のシェイクスピア
秋のミーハー祭、第一弾。
Bunkamuraシアターコクーン(初!)にて「天保十二年のシェイクスピア」を観て来ました。
井上ひさし・作、蜷川 幸雄・演出、そして錚々たる俳優陣。
篠原 涼子、唐沢 寿明、藤原 竜也、夏木マリ、壌 晴彦、勝村 政信、高橋 洋、木場 勝己(順不問)らを始め、総勢43名による大舞台です。
特に目当ての人はおらず、こんだけ出てたらまとめて観るいい機会だわ、シアターコクーンにも行っときたいし、てことで頑張って一般発売日に取りました。中2階のA席、いちまんえん。

両端の斜めになってる所の真ん中ぐらいで、正直、あそこに席を作るのはどうなのよ・・・と思ってしまうよ。そりゃー安くはないチケット買って折角 観るからにはさぁ! 手すりとか隣の人とか気にしないで観たいじゃんか・・・。ぐすぐす。
こないだ行った天王洲アートスフィアの2階席も手すりが邪魔でねぇ・・・設計上 仕方がないことは分かるけど、分かるけど何とかして欲しいって言うよお客さんだもの!
採算とるためとか、キャパ大きくするためとか、理由は分かるけど。分かるけども、でもやっぱり、もっと快適な鑑賞環境を提供して欲しいです。

劇場への文句はあるけど、それ初っ端にあげちゃったけど(だって悲しかったんだもん)、芝居の話をしよう。
今作はシェイクスピア作品・全37作品をモチーフにして、全てを(その表し方の濃淡はあるものの)芝居の何処かしらに入れてしまった、というもの。
オイシイとこどり、と言えなくもない。一般的に有名な、読んだことない人でもシェイクスピアの書いたものだってことは知ってるような台詞は大体 入ってるから。

主役級はみんな、キャリアのある演技には太鼓判、ていう俳優さん達で、やっぱり正直、安心して観れたのかなという気がする。
一番ぐっとくる演技をしてくれたのは、棺桶作り職人の佐吉を演じた高橋 洋。

江戸に奉公に出ていて、独立していざ村に帰ろうとした際、江戸の土産にと吉原で遊んでみた。そこで出会った美しい遊女・浮船太夫(毬谷 友子)。
春にはきっとお嫁に行くから、と固く誓い合って別れ、佐吉は清滝村で太夫を待ち続ける。佐吉の母は、彼から太夫の話を聞くにつけ そんな上物の遊女が約束など守る訳がないと取り合わない。
しかし、彼女は約束通りやって来た。乞食の格好をして顔にも汚い細工をし、それは道中を少しでも問題なくやり過ごすためであったが、運悪く佐吉の留守に訪ねた彼女は、その身なりの汚さでこんな女に息子をやる訳にはいかないと考えられ、佐吉は死んだと嘘をつかれる。
そしてデタラメな墓に連れて行かれ、彼女はそこで佐吉と添い遂げるべく自らの咽を掻っ切って自害する。母に事の次第を聞き駆けつけた佐吉が再会したのは、もはや息のない愛しい人の亡骸だった。

て、ここで。太夫を見つけ、彼女が死んでいると分かった時の言葉にならぬうろたえようと途方もない悲しさ、混乱、事態を受け入れたくない気持ち、が、ないまぜになって伝わってきて。
すごく辛い気持ちにさせられた。軽く泣きそうになったさ。
本当に悲しい時、人間は何にも言えないものです。訳も分からず、ただ泣くことしかできない。
その時 押し寄せた哀しみに心を全部 持っていかれる。
竹内結子もこういう演技 上手いんだよね。彼女の演技には泣かされる。

当然 佐吉はそこで浮船を追って死ぬ。ロミジュリですね。
もうひとつ、明確にロミジュリがモチーフになっているカップルがいて、敵対する両家に属するきじるしの王次(藤原 竜也)とお光(篠原 涼子)。このカップルがまた良かった・・・。
というか、藤原の無邪気さだね。それにやられました。ハイ、格好いいです藤原 竜也。別にそんな好きでもないしー色気あるし上手いとは思うけどーなんてスカしてるのはもう、やめます。
きゃー!! だわ。騒ぐわ。鼻血も出すわ。いや、鼻血までは出んが。
なんつーか・・・若いよね。みなぎってます。ほとばしってます。同世代でいることが恥ずかしくなる人の一人だわ。
彼の演技は基本 暑苦しいので映像に向いてるとは思いませんが。舞台で観る限りでは、他の役者を食っちゃう曲者、のように思えます。何とも言えない雰囲気がある。
王次が死んだ時、客席がどよめいたよ。話的にいきなりでビックリした、て以上に、藤原が演じた役が死んだ、てことに慌てたんだろうね。

篠原 涼子は歌がうまい。映像の方で最近めきめき女優としての格を上げてる彼女ですが、舞台でも素敵でした。

主役・佐渡の三世治を演じる唐沢 寿明も、素晴らしいダークヒーローぶりでした。
のし上がりたくてギラギラしながら、言葉巧みに人の心理を操って事態の黒幕となり糸を引く。虚栄、嫉妬、疑心、欲望、人間のこころに潜む様々な気持ち。そういうものにつけこんで、己が出世にいとも簡単に利用する。そのあくどさと言ったらない。
でも、三世治は結局、自分自身を愛せなかった、誰にも愛されなかった哀れな人。
せむしでびっこひいて顔には火傷のあと、醜いその姿に、無宿者の卑しい生まれに、激しいコンプレックスを抱えてた。自分が嫌いな自分を、だまして裏切ってなりあがっていったんだと、いう気が、する。
愛する女の体以外、全てを手に入れた彼は、結局その手で、我が身を亡ぼす種を蒔き、芽を出させ、大輪の花を咲かせてしまった。
あまりにも哀しい、小さな男の顛末。

あと、狂言回しを務める隊長役の木場さんのまなざしが、すごい、言いようのない説得力を持ってた。
これと言った表情を見せる訳でもなく、しかしそのシーンをじっと見守るその姿に、何か感じるものがあった。憧れ、とか、そういう類のものかもしれない。


初演時は上演時間が5時間に及び、最後に近づくにつれ終電のお客さんがどんどん帰っていった、という凄い過去を持つ作品。
今回は井上さんの手で縮められ、それでも一部2時間、二部1時間40分という長丁場。それでもあんまりケツが痛くなんなかった椅子の座り心地のよさは嬉しかったです。
戯曲を読んでみようと思う。
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by ling-mu.m | 2005-09-16 01:22 | 芝居/舞台