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労働者M
バレンタインデイに独り見上げる渋谷駅の上の満月だって、やっぱりキレイなんだよなぁ。

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バイト後、Bunkamuraシアターコクーンにてケラリーノ・サンドロヴィッチ今年唯一の新作「労働者M」を観る。
年が明けてからタレントが出る舞台しか観に行けてなくて不満が募るも、小劇場は当日清算なためどうしても忙しさにかまけて行くのをやめてしまう・・・。ペニノも野鳩もチケット予約しながら行けなかった。こんなんじゃいかん。来月はきっとポツドールとシベ少を。できればチェルフィッチュも行きたいんだけどな。

今回の主演は堤真一、小泉今日子。
堤さんは去年から割と観ていて、ちょっと食傷気味なのが痛かった。
「吉原御免状」が一番 好きかな。
「エドモンド」で観る筈だったキョンキョンは、声は細いがよく通るし、ちっちゃいけど存在感がちゃんとある人でした。
毅然とした女上官と尻軽でヤリ手な女を、うまく演じ分けていたと思う。
近作は二つの世界が交互に現される舞台で、片や土星と戦争をする何処かの国のある施設、片や日本のねずみ講促進会社。
役者はみんな一人二役で、似たようなキャラだったり全然 違っていたり。
二つの世界がリンクすることは全くなく、同じ空間に存在していても あくまで別世界で、互いは全く無視される。

光っていたのは(て言うかアタシが好きなだけだが)犬山イヌコと松尾スズキ。
あと山崎 一。
山崎氏を舞台で見るのは初だと思うが、犬山さんと山崎さんの二人のシィンが秀逸だった。
犬山さんは声優声でヨゴレ的役をやっているのが好きなんだけど、今回みたいな真面目で弱い普通の女の人をやらせても面白いんだと思った。
後藤ひろひとの「MIDSUMMER CAROL」の時は物足りないと感じたので、KERA氏の演出がよかったのかなとも思う。

二つの世界は、「労働者」という言葉でなんとなく繋がれている。ような気がする。
革命運動が行われシュプレヒコールが鳴り響く国に、突如 土星人が襲ってきて戦争が始まった。
堤演じる青年(名前忘れた・・・カタカナ五文字くらい)は、一家心中で生き残ったものの八年間も昏睡状態にあり、目覚めた時 自分の世話をしていた女医・リュカ(小泉)に、市民運動参加を促される。
リュカがいつの間にか去った後も運動の中核にい続けた彼は、ある施設を破壊しようと試み、「労働者」となってそこに潜り込む。
「管理者」が「労働者」を虐げながら働かせるその施設には、彼の盟友たちの多くが既に潜入していた。
しかし彼が施設に侵入した時には、かつての仲間はみな抵抗運動に疲れ、あるいは飽き、彼に賛同するものは既にいない。
しかも施設の最上官にいるのは、彼を革命運動に誘ったリュカだった。

堤は自由の獲得を掲げ運動をする人間で、だから「人間が人間を管理する」施設に敵意を持っていたのだろうと思う。その辺はあまり明言されない。
リュカの一声で「管理者」と「労働者」が入れ替わる、その命令は「M」という人物から下っていると言う。リュカのみが、その「M」と通信ができる。
しかし通信機は本当は空き箱で、「M」は既に土星人に溶かされており(奴らは目から緑色の光線を出して物体を溶かす)、しかしラストで、通信機からは確かに声が聞こえる。
真実が何かは全く何も分からない。
施設は、リュカの独断による只の砂城だったのか。

一方の世界では、「死にたい」とウツな電話をかけてくる人間をなだめすかして信用させ、元気付けていく中で高額な商品を売りつけ、売らせる。
ねずみ講を行う会社で働く面々の日々。
女と見ればやりたがり、男と見ればやりたがる、本当に、ほんっとーぉにクダラナイ連中の集まり。
まともなのはミドリさん(犬山)ぐらいか。しかし彼女にしても一度は警察官で妻子持ちの森さん(山崎)と関係している。
愛も思いやりも優しさもない世界。
いっそ清々しいほどに、誰もがいい加減でくだらない。
そこで働く人たちは、みんなイニシャルがMだった。


自由獲得という大義名分に酔って抵抗する、あるいは自らが統率する楽園を作ろうとする人間と、目先の気持ちよさしか考えない人間。
片や大きな未来を夢見る。片や明日の我が身のことすら考えない。
対極にあるようでいて、並べられると彼らにさほどの差はないような。
少なくとも、カタカナ名の彼らが立派だとうことは決してない。


あんまり好きじゃない、かなー。
KERA作品で一番 好きなのは「ヤング・マーブル・ジャイアンツ」だ。次が「トーキョーあたり」。
取り敢えず「カラフルメリィでオハヨ」のチケットが取れるか心配。

喫煙所で鈴木裕美を見た。雰囲気は割とオトコマエ系なのに、可愛い格好がちゃんと似合ってて羨ましかった。テレビで見るより痩せてたな。
WOWOWのカメラが入っていたらしく、惜しいことをしたなと思う。放映を観ても一度は観たものな訳だから。
噛んでる人が多かったので、それも勿体ない気がする。
KERAの舞台でここまで下ネタ満載なのは初めてな気がするので、規制音なしで観れたのはやはり嬉しい。
二階席の一番後ろでしたが、割と見やすかったです。これはA席で正解の芝居だったな。コクーンシートでは絶対に観たくないけど。
カーテンコールがありませんでした。
でもそれは決して「面白くなかった」てことではないような、気がする。
「ヤング・マーブル…」の時もなかったけど、そういうのも、もしかしたらKERAっぽさなのかもしれない。
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by ling-mu.m | 2006-02-15 00:56 | 芝居/舞台
宣伝というか告知というか
アタクシ只今、演劇祭のボランティアスタッフやっております。
所属としては広報部。
という訳で、宣伝。
読んだ人はー、
来て!

東京国際芸術祭(TIF)は、NPO法人アートネットワーク・ジャパン(ANJ)が主催をする演劇祭で、今年で7年目の開催になります。
21世紀に入るまでは、東京国際舞台芸術フェスティバルという名前だったらしい。
主催もちょっと違ったりしたのかな? その辺の歴史は、アタシもよく分かってません。ごめん。
何せアタシ自身、一度も観に行ったことがないんだ。
去年はフライヤーのいっぱい挟まったパンフレットを見て、行こうかなーと思ってるうちに終わってしまった・・・。
そして今年も開催を待っていたとかいう訳でもなく。
たまたま見つけたスタッフ募集のチラシが、アタシを導いてくれたのです。

ひきこもりが頑張ってます。
何かみんな忙しそうだし。ちょっと羨ましいし、そういうの。
バイトだけで過ごす春休みをやめてみました。

開催は2月10日~3月27日。公演期間はそれぞれ違います。
インターナショナル、と付いているだけに、国際色豊かなラインナップになっております。
今年の演目を挙げますと、

【アメリカ現代戯曲&劇作家シリーズVol.1 ドラマリーディング】
アメリカの劇作家が書いた戯曲を、日本人が演出するドラマリーディング。
A『メイヘム』
B『アクト・ア・レディ~アメリカ中西部ドラッグショー』
C『ベラージオ;もしくはメタル製のすべてのもの;もしくはおじいちゃんがパパを射殺させる時』
D『セックスハビッツ・オブ・アメリカウィメン』

【スレイマン・アルバッサーム・シアター『カリラ・ワ・ディムナ・王子たちの鏡』】
クウェートの作品。英語上演・日本語字幕付。

【ヤスミン・ゴデール振付『ストロベリークリームと火薬』】
イスラエルのダンス作品。個人的に、チラシがすごく好きだ。

【ドイツ座『エミーリア・ガロッティ』】
ドイツの作品。ドイツ語上演・日本語字幕付。

【日本作品】
ベケット・ライブVol.7『見ちがい言いちがい』
サミュエル・ベケット原作のホンを、ひとり芝居にしたもの。

『冬の花火、春の枯葉』
太宰治の戯曲。アタシは太宰が戯曲を書いてたことを知らなかった・・・。かなり観たい。

『4.48サイコシス』
サラ・ケインの戯曲。デビュー4年後に自殺してしまった人。痛そうだけど、惹かれるよね。

【リージョナルシアター・シリーズ】
東京以外の地域で活躍する劇団を呼んでいます。
劇団Ugly duckling『改訂版さっちゃん』(大阪)
劇団時報『親密な他人』(盛岡)
劇団SKグループ『再演A。』(札幌)
北九州芸術劇場×飛ぶ教室『IRON』(北九州)

公演の場所は、主に西巣鴨にありますにしすがも創造舎の特設舞台です。
ここは廃校になった中学校を利用していて、舞台は体育館に組まれます。
アタシは足繁くここに通う日々な訳ですが、ノスタルジックで素敵。
「学校」に対して良いイメージを持っていなくても、否応なく、懐かしくなってしまうものみたいです。
以前ワセジャニでお世話になった芸能花伝舎も廃校になった小学校を利用した施設でしたが、そこより、まだ学校くささが随所に残ってる。
体育館で観劇なんて、空間がもう既にすごく面白い。

下北沢や埼玉で公演されるものもあるので、詳しくはHPを見てみてください。
読み応えあるよ。
そして興味を持ったら是非、足を運んで欲しい。
刺激のある時間を過ごせますこと、請け合いです。
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by ling-mu.m | 2006-01-31 00:42 | 芝居/舞台
クラウディアからの手紙
三浦大輔さん、獲りましたね。岸田國士賞。次回公演のチケットさっさと予約せにゃかな。
長塚さん(実はそんなにタレ目じゃないかも知んない)はまたオアヅケですか・・・残念。

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二日も前の話になってしまいましたが、久し振りに世田谷パブリックシアターに赴き、「クラウディアからの手紙」を観て来ました。
以前「時には父のない子のように」のチケットが取れなかったので、佐々木 蔵之介リベンジ、てことで。
三階の四列目という、一番遠くの一番上から舞台を見下ろす席でしたが、そんなには見にくくなかった。やっぱり世田パブは好きです。
しかし今回も何処ぞのおばちゃんズに気分を害され・・・神経質な自分もいかんが、他人と空間を共有するってことを分かってない人間は大っ嫌いだ。
何やかんや言われてるが、劇場内においては若者の方がマナーはいい。絶対。

第二次世界大戦中、朝鮮に移り住んだ蜂谷弥三郎(佐々木 蔵之介)は、そこで終戦を迎えた。
まさに日本に引き上げようという時、彼はソ連軍に捕まり、妻子と引き離されてしまう。
身に覚えのない弥三郎は、二・三日で帰れる筈だと妻・久子(高橋惠子)に言って別れる。
それが、五十余年の決別の始まりだった。
弥三郎はスパイ容疑をかけられていた。それは、異国の地で日本人が寄り集まって暮らす村に来た時、自分の家族と一緒に食事をしないかと弥三郎が誘った男の言に因っていた。
身の潔白を証明するためにひたすら「自分はスパイじゃない」と言い続ける弥三郎。
しかし、ロシア側は聞く耳を持たない。容疑を認めない弥三郎は、極寒の地・シベリアで抑留され、まさに地を這いながら、十年の囚人生活を送る。
刑期を終え出所したものの、スパイ容疑を被ったままの彼には、日本帰国が許されない。
生きていくための術として刑務所で身につけた理髪師の腕をもって、彼は生き抜こうとする。
そんな折、自分と同じような境遇に置かれたクラウディアというロシア人女性と出会う。

事実に基づいた話だそうで、名前も実名のようです。
弥三郎さんは57年のロシア生活の末、日本に帰って来ることができました。
その時、弥三郎さんは87歳。日本で一人、娘を育てながら待ち続けた久子さんは88歳。クラウディアさんは84歳。
私などには想像もつかない、まさに壮絶な人生だったのだと思います。

善良で、親切な芝居だと思いました。
何人かが狂言回しを交代で務め(でも基本的には弥三郎の同僚役の山西 惇。好き。)、説明過多でかつ分かり易い。
場面転換も明解で、これは演出上だと思う(思いたい)けど、一幕の終わりのシィンを二幕の始まりでやるという、週間漫画か連ドラかということをしていて。
話も至ってシンプルで、きっと色んな物を削ぎ落とす形で作られたのだと思う。

これは非常に・・・初心者に優しいお芝居だ、と、思ったのです。
これが初めて観るお芝居だったら、それは結構 幸せなことだと思う。
すんなりと、芝居っていいわね。と思えるんじゃないかと。アタシは考えるのですが。
分かり易くて、役者も上手くて(若い衆はみんな下手だったが)、舞台技術のクオリティも高くて。
凄くイイカンジに、初心者向けにできてるなと。むしろ それを狙ったんじゃないかなと。

だから、という訳でもないけれど、アタシは物足りないと感じました。
人間の心ってこんなにシンプルじゃないし、善良じゃないし。
だってさぁ・・・だって、嘘みたいなんだもん。
本当にあった話ですよ、て差し出されてるのに、信じられないんだもん。
それだけの説得力が、舞台上で展開されたものの中にあるとは思えなかった。
信じられるのは最後に流された弥三郎さんと久子さんがJR鳥取駅で再会した実際の映像(NHKが撮ってた)と、三人の写真と。それだけ。
そして、やっぱり それを流すことは卑怯だと思うの。禁じ手だと思うの。
逆に言えば、それを出したことで「これは あくまでドキュメンタリィですよ」と提示された、でも舞台はあくまで作り物で、迫真の演技と言っても演技は演技だ。慟哭も嘆息も本物じゃないし、大体にして そこまで真に迫るものは感じられなかった。

奇蹟の事実を無難に泣ける物語に仕立て上げました。そういう感じ。
客席からはすすり泣きの嵐でした。それが素直な受け取り方なんだと思う。

思想が見えない。
久子の台詞で、これがソ連のやり方か! という言葉を受けて、二回「いいえ、スターリンのやり方よ!」と言うのがあって、他にも諸々、戦争への提言は見え隠れするのだけども、芯が通っていない。

始まりのシィンはもっのすごく良かった。ピンと張り詰めた空気に、緊張感があって。
合間合間のダンスはどうなのかと思った。効果を成していない気がする。
イデビアン・クルーの井手茂太さん振付ですが、もっと上手い活かし方はあったんじゃないかと疑問。
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by ling-mu.m | 2006-01-25 00:28 | 芝居/舞台
ダンスがみたい! 新人シリーズ4
学校に行ったら、日曜だというのにスーツ姿の人が続々とキャンパスに集まっていた。
大規模な企業説明会があったようです。
あ・・・あと一年は遊んですごしてやるもんっ(でも単位はヤバイので呼んで下さい)。

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昨日はどしゃ降りの雨の中、神楽坂die pratzeへ、友達の踊るのを観に。
「ダンスがみたい! 新人シリーズ4」のDグループでした。
以前、横浜にて同じ演目を観た(「ラボ20 #18」)のだけども、まぁ折角だし、と思って二度目。
今回は劇場内に知り合いが何人かいて、普段はそういうことが全くもって皆無なので、実はちょっと楽しかったです。

我が友のKeM-kemunimaku-Projectは、三人の女の子が三本、色違いのビニテ(かな?)の直線の上に立っていて、線に沿ってそれぞれが行ったり来たりする。ゆっくりと歩き出すところから始まり、最後は全力疾走で終わる。
一瞬の暗転の中に響く荒い息遣いは、二度目もその生々しさにぞくぞくした。

前回は、三人の動きが決して秩序立たないことにばかり目がいってた。
三人が足並みを揃えて動くことは決してなく、二対一になることもなく、ひたすら「ひとり」で、動き続ける。
横を見ることもしない。
話しかけることもない。
決して交わることがない。
それが面白いと思った。
今回はもうそれが分かっていたからか、逆に、今 揃っちゃってるんじゃないか? と思う瞬間が何度かあった。
でも今 考えてみれば、それはそれで全くいいことなんだよね。
「たまたま」揃ってしまったという構図も、充分に意味を持つというか。
要は三人がお互いに「無関心」であることが重要な訳で、その偶然は本当にただの偶然で、そうして彼女たちにとっては意味のない偶然なんだ。
「無関心」て言葉が出てきたのは今回。こないだは考えなかった。

追われてる風でもない、かと言って何かを必死で追っているという感じでもない。
目的のない疾走。
あるとすれば「空っぽ」になること、かな。
走りたくなりました。


二組目「和~yori~」という、大柄な女の人のソロで、これはもうただただ身体の美しさを楽しんだ、という感じ。
肉体美。
今まで数少ないダンス観た経験の中で、「肉体」という言葉を思ったのは多分 初めてだと思う。
「身体」はあったけど。
とても狭いハコで、鍛え抜かれた筋肉を、それが動く様を、目の当たりにしたから出てきた言葉だと思う。

ただ、踊っているだけならそれに見蕩れていればいい訳だけど、途中で喋り出されてしまって、困った。
いつもの悪い癖で、「うわ、解釈しなきゃ!」て。
多分この数秒後に台詞が発せられるんだろうな、という確かな間の後に言葉がきて、心構えはしてあったけど、アタシだったらここに何を言わせるか、などということも考えていたりしたけども、いざ喋り始められると、ううう、これは何を表しているのだ踊りとどう関係があるのだ? と。
気持ちよく止まっていた思考が回転し始めてしまう訳だ。
世界観、かな、と。
軽い感じで受け止めておきました。

三組目は四人組の「KAPPA-TE」。女3・男1。
揃って結構な大柄。やはりここでも「肉体」を思う。
途中で考えるのをやめて、その美しさ、四人という人数でのフォーメイション、を楽しむことにした。
最初はなかなか絡まなくて じれったかったけど、絡み始めたらコレが非常に面白い。
一組目は絡まない三人、二組目はソロだったからか尚更、人と人が一緒に踊るとこんなに見応えがあるんだと思って。

誰かがいて、またその人じゃない誰かがいて、人が二人以上いて初めて、真似るとか逆のことをするとか対称になるとか無視するとか縋るとか、そういうことができるんだ。
そんなことを改めて感じて、感動してみたり。
でも何より凄かったのは、女の人が男の人を、一瞬とは言えリフトしていたことです。
アレには目を剥いた。すげーぇ軽やかなんだもん。


総じて非常に充実した時間でした。
理屈こねくりまわすのを割と自然にやめれてたからかな。
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by ling-mu.m | 2006-01-16 02:20 | 芝居/舞台
劇団演技者。-男の夢 第一回
今月はポツドールの三浦大輔・作「男の夢」だっ。
てことで久し振りに「劇団演技者。」を観る。前に観たのは村上大樹の時かな。あんま面白くなかった。

どうでもいいけどアタシは「げきだんえんぎもの」より「げきだんえんぎしゃ」と読んだ方が気持ちがいい。から、勝手にそう読んでいる。

今回の主役は生田斗馬。長らくお目にかかってなかったけど、成長してますね。
チャ○ンジをやってた時に彼がウチらの代(84年生まれ)代表みたいな感じでよく紙面に出てたので、多分 同い年と思われる。
何か野暮ったい子だったけど、まぁそういう路線で売ってたってことなのかな。
男の子らしくなってますね。グラサンかけるとラグフェアのボーカルの人に似てる。

山崎祐太はちょいちょい見かけますね。彼は「あっぱれ」に出てた頃から基本あんまり変わってないよね。
「打ち上げ花火下から見るか横から見るか」(タイトル不確か・・・)の彼は可愛かった。あーれーは可愛かった。あの映画は好き。色んな人のちっちゃい頃が見れるから。

出てたんかい! と喜んだのは、中山祐一朗氏です。宮崎叶夢さん共々、いい布陣ですな!
あと安藤玉恵が出てたことに驚いた。出るんだ看板女優。

田舎のしょーもない若者たちのしょーもない生態。だるーいうざーい雰囲気。
人間てこの程度よー薄っぺらいものさ。と言っているようなどうでもいい台詞群。
アタマワルイ青年たちの、何てことない、感動なんてクソくらえな展開。
いいね。
ひと月、楽しませて貰えそうです。
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by ling-mu.m | 2006-01-11 16:14 | 芝居/舞台
胎内
夜中に、たまらないものを観てしまったなぁ、という感想。
重い。ずっしりと重い。
先に光がないものを見続けることは、苦しい。

青山円形劇場でやった三好十郎・作、鈴木勝秀・演出の「胎内」を、BS放送にて観る。
出演は伊達 暁、奥菜 恵、長塚圭史。
チケットが取れなくて行けなかった舞台なので、観れると分かった時は喜んで、今日も時間を心待ちにしてた。

観なきゃよかったとは思わない。
寝て起きたらこの重さは忘れているかもしれない。
でも、とにかく、観終わったばかりの今、ずしりと、あの洞窟を閉ざした岩のように重いものが、胸中にはある。

戦争が終わって二年。
闇ブローカーをする花岡(伊達)は、仲間が捕まったことを機に、恋人のムラコ(奥菜)を連れて隠れるように温泉めぐりに出る。
次の宿を目指す途中、追っ手から一時的に身を隠すため、二人は岩穴に潜り込んだ。
そこにいた先客、佐山(長塚)は、戦時中、徴兵され、その穴を掘ったという人物だった。
復員したものの、家族に疎まれ妻には愛人ができ、家を追い出されフラフラした後にその穴に戻って来たと言う。
三人が洞窟に留まっている間に、地震により山崩れが起こり、彼らは穴に閉じ込められる。
しばらくは入り口を掘り進めてみるものの、日の光を浴びれる可能性は薄い。
そうして極限の状態の中、彼らは泣き叫び怒鳴り合い狂気に陥り、刻々と死に近づいていく。


伊達、奥菜は作りこんだ演技をする一方、長塚は割と自然体で演じる。
高飛車な花岡、スレているが心根は素直なムラコ、実直で弱い佐山。それぞれのキャラに見合った演技だったように思う。
奥菜は、最初に出てきた時に おおっ? と思わせる艶っぽさを見せてくれたのだけど、割にすぐ剥がれてしまったのが残念。それが計算づくだったら凄いけど、そうは見えなかった。
奥菜がやるケガレって色っぽすぎなかったのかなと思ったりした。

戦争にかり出されて、でも、「銃もなく、剣すらもなく、壊れかけたシャベル一本」で、ひたすら防空壕を掘り続けさせられた佐山。
復員し家に帰ったが、元より弱い自身の体はもうまるで使い物にならず、「一日働けば二日休まなければならない」、しかもインポテンツ(劇中ではインポテッドと言ってた気がする・・・)になり、子は母の真似をして自分をなじる、そんな家に身の置き所などある筈がなく。
悲惨な人生だなと思う。ついてない人だなと思う。
でも、こういう人はきっとあの戦争で沢山 出たのだろうなとも思う。
想像のつかない壮絶さを醸していたのだろうなと。

三人とも、戦地には出向いていない人間。
戦争が終わって、生き残ってしまった人間。生き続けなければいけなくなった人間。
そして、思いもかけぬ場所で、ただまんじりと、死を待たねばならなくなった人間。

閉じ込められたと分かった時、彼らは慌てふためかなかった。
まずは状況を疑う。本当に出れないのかと疑う。
こちらから掘り進めれば、もしくは向こうから誰かが気付いてくれれば、出られるものと思う。
しかし、いよいよ自分たちが危ない目に遭っているのだと気づくと、パニックを起こす。
冷静さを取り戻す。取り戻させようとする。
心はけばだったまま、チラつく「最悪の状態」を無視し、希望を見出そうとする。
でも抱えた不安と恐怖が心を乱す。動転する。口論になる。取っ組み合いになる。気が狂う。
大人しくなる。
そして泣きながら死を待つ。

なかなかパニックにならなくて驚いた。突然ムラコがパニックを起こして驚いた。
彼女は爆発するまで、じわじわと不安を溜めていたのだろう。
嘘だ嘘だと思いながら、しかし現実なのだと理解した時、叫ばずにはいられなかった。
そんな極限状態になることは、普段の生活でまずないことだ。
自分がその立場だったら、と考えると ぞっとする。
何もできず、信じもしないのに「神様」と唱え続けているだろう。

人間の心が壊れてゆく様。
健康なのに、大怪我をした訳でもないのに、確実に死に近づいてゆくことを、どう待てばいいのか。
あがくことなくその時を待つことなど絶対にできず、そしてそれが人間の姿なのだろう。

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もっと全然 違うところで思うことは沢山あるのだけども、言葉にできる気がまったく しないので取り敢えず保留・・・。
こういう、感想すら まとめて書くのが難しい芝居を、沢山 観て言葉にしていけたらいいなと思うんだけど、ねぇ。
精進せにゃ。
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by ling-mu.m | 2006-01-09 03:48 | 芝居/舞台
キレイ~神様と待ち合わせした女
テレビつけたまんま居間でうっかり寝ちゃって、起きたら「一週間の恋」てドラマがちょうど始まるところで、見るでもなく見てたけど杜撰 極まりない設定のドラマだった。
よくも まぁ、こんな薄っぺらい話を電波に乗せるもんだね。
斉藤 祥太・慶太が二人で出てた。慶太は相変わらず肌が汚い。ヒロインの女優は可愛かった。
結局 最後まで見ちゃったので文句 言う筋合もないかも知らんが。

その後「堂本剛の正直しんどい」が生放送でやってて、キングコング西野が長年 付き合ってた彼女に振られた話をしてたので思わずチャンネルを変える手を止めて見てたらHGと南海キャンディーズが出てきて雲行きが怪しくなり、中山きんにくんが決め手になって見るのをやめた。
HGは出始め当初は意外に面白い奴と思ってたけど、最近は調子づいちゃって駄目ね。
アンガールズがコントしてて、奴らのうんこぶりを再確認した。面白くない奴がテレビ出るならお笑い芸人を名乗るな。恥知らずめ。


そんなことしてるうちに3時になっちゃって、さっき寝たせいで目が冴えてて眠れなさ気だったのでWOWOWで「キレイ」の再放送を観ました。
二度目だけど面白さは劣ることなく、話の筋を知っているだけに細かいところに意識が散らせて また違う楽しみ方をできたように思います。
高岡早紀の憂いを含んだ無邪気さがいい。
子供時代のケガレとはテンションが違って、「大人になる」てことを明確に演出しているのかなと。
ケガレを大人にしたものは何かな。眠り続けた五年間かな。
撃たれて「儲けて」、お金に執着しなくなって、彼女は大人になったのかな。

クドカン演じるマジシャンのような、「ありえない狂気」は、怖いけど、目が離せない。
「贋作・罪と罰」の溜水のような、ねぇそれは君にとってどんな利益になるの? という、それは最終的に自分をも滅ぼすんじゃないの? という、頭がオカシイことをする人。
それによって他人を平気で犠牲にする狂気。
乙一の「ZOO」収録「SEVEN ROOMS」の犯人みたいな。
常人には到底 理解の及ばない狂気の恐怖。

そのマジシャンを恨むでもなく、ただ進路を阻む者として邪魔に思うケガレも、おかしいと言えば、おかしい。
人生を狂わされたのに。
ケガレは、何となくな、でも確かな前向きさを持ってる。それとも諦観がそう見えてるだけなのか。
でも、大人になった自分を「よしよし」となでてやることを、諦めている人はきっとしない。
彼女は生きようとしている。いつ如何なる時にも生きようとしている。無意識に。
でなきゃ元ダイズ兵の子供なんか生まない。あんなあっさりと生まない。多分。
アイダを生むことも、彼女にとっては生きることの延長なんだ。
だから、どんなに落ちても彼女は生きていける。大した悲愴感も漂わせずに。

ケガレの姿は、「死にたい」と思うことはまるで間違っていることなんじゃないだろうかと思わせる。
何も考えず、ただ生きる、それが本来あるべき姿勢なんじゃないかと。
でも、それは難しい。現実に立ち返えればすぐに分かる。そんなことは難しい。

見慣れたオカケンさんが舞台に立っていて、あー凄い人なんだよなこの人。て思い直した。
役者だなーと思った。プライド高そうなのに、あんなこともこんなこともしちゃう姿に。
芝居好きなんだろうなって思った。
でも阿部サダヲが好きな私は子供時代のハリコナの方が好きです。バカだから。

松尾スズキの描く「タブー」は、KERAの描くそれと違ってて、人間て個性があるんだとそんなところで考える。
色んなアプローチの仕方があるんだ。
作家って凄いな。

観終わったら外が明るかった。
夜の怖さをこうやってやり過ごしていくと昼夜逆転して駄目な生活になるのかなと思った。
こうやって引き篭もりと化していくのかなと思った。みんな夜が怖いのかな。
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by ling-mu.m | 2006-01-06 16:03 | 芝居/舞台
観劇生活まとめ
ざっと書き出してみましょう、2005年に観た舞台。
場所無記のものは映像にて鑑賞。

*STUDY(ラーメンズ)
*徹夜兄弟(ニセ劇団/新宿パンプルムス)
*THE・北朝鮮(早稲田大学演劇倶楽部+ペナペナG/早稲田大学学生会館)
*僕らの家、僕らの海(ヒンドゥー五千回/下北沢OFF OFFシアター)
*Defild(長塚京三、大沢たかお)
*美しい人々、醜悪なるメシを喰らう。そして。(スプリングマン03MIX/しもきた空間リバティ)
*オペラ座の怪人(劇団四季/四季劇場「海」)
*Line ライン(横浜ダンスコレクション/横浜赤レンガ)
*ジャイアントパパ~猪八戒の大冒険(早稲田大学演劇倶楽部/早稲田大学学生会館)
*茜色の窓から(ペテカン/青山円形劇場)
*SHAKESPEAR'S R&J(小林高鹿、佐藤隆太、他/鎌倉芸術館)
*FRAGMENT 「F.+2」(弘前劇場+ROGO/新宿パンプルムス)
*作品No.3(OM-2/ムーブ町屋)
*アイノシルシ(ダムダム弾団/王子小劇場)
*HELL FIGHTER(InnocentSphere/青山円形劇場)
*オイル(NODA・MAP)
*走れメルス~少女の唇からはダイナマイト!(NODA・MAP)
*赤鬼(日本Ver.)
*RED DEMON(イギリスVer.)
*赤本の薬(宇宙マナー/早稲田どらま館)
*隣にいても一人(青年団/こまばアゴラ劇場)
*愛の渦(ポツドール/新宿TEATER/TOPS)
*幻に心もそぞろ狂おしの我ら将門(NINAGAWA VS COCOON)
*ハメツノニワ(ヒンドゥー五千回/シアタートラム)
*砂の上の植物群(KERA・MAP/シアターアプル)
*まちがいの狂言(野村萬斎、他/世田谷パブリックシアター)
*アイスクリームマン(岩松了3本連続公演/ザ・スズナリ)
*僕のポケットは星でいっぱい(演劇集団キャラメルボックス/シアターアプル)
*Hamlet(野村萬斎、他)
*近代能楽集(蜷川幸雄・演出/彩の国さいたま芸術劇場)
*禁色(伊藤キム、白井剛/世田谷パブリックシアター)
*スルース(劇団四季/自由劇場)
*隣りの男(岩松了3本連続公演/本多劇場)
*礎(ダンダンブエノ/青山円形劇場)
*帝国の建国者(黒テント/シアターイワト)
*ヤング・マーブル・ジャイアンツ(KERA・MAP/吉祥寺シアター)
*Nextage(TOYOTA CHOREOGRAPHY AWARD 2005/世田谷パブリックシアター)
*LAST SHOW(長塚圭史・演出/パルコ劇場)
*パリアッチ(クリオネプロデュース/スペース・ゼロ)
*髑髏城の七人 アカドクロ(劇団☆新感線)
*鈍獣(宮藤官九郎・脚本)
*お父さんの恋 Family Tale(前田吟、菊池麻衣子、他)
*キャッツ(劇団四季/キャッツシアター)
*トーキョーあたり(劇団健康/本多劇場)
*STOMP(品川プリンス・ステラボール)
*MIDSUMMER CAROL~ガマ王子VSザリガニ魔人(片桐仁、他)
*メキシコの犬(ヒンドゥー五千回/下北沢OFF OFFシアター)
*PAPER RUNNER(KKプロデュース)
*LENS(KKプロデュース)
*写楽考(小林高鹿、他/THEATER1010)
*蜘蛛女のキス(今村ねずみ、他/アートスフィア)
*小林一茶(こまつ座/紀伊国屋サザンシアター)
*天保十二年のシェイクスピア(蜷川幸雄・演出/Bunkamuraシアターコクーン)
*吉原御免状(劇団☆新感線/青山劇場)
*FRAGMENT 「F.+2」(弘前劇場/新宿パンプルムス)
*ダブリンの鐘つきカビ人間(片桐仁、他/ル テアトル銀座)
*越前牛乳(カムカムミニキーナ/シアターアプル)
*目的地(チェルフィッチュ/こまばアゴラ劇場)
*SKIP(演劇集団キャラメルボックス)
*調教師(KARA COMPLEX/Bunkamuraシアターコクーン)
*不満足な旅(ペンギンプルペイルパイルズ/ザ・スズナリ)
*キレイ~神様と待ち合わせした女(大人計画)
*ラボ20 #18(キュレーター・岡田利規/STスポット)
*風のほこり(新宿梁山泊/ザ・スズナリ)
*贋作・罪と罰(NODA・MAP/Bunkamuraシアターコクーン)


ポロポロと書き落としていそうですけども、取り敢えず分かるものだけ並べてみた。
全部で65本。
いやー・・・少ないね。少ないなー思ったより。やっぱ数値として目標設定しとかなきゃ駄目だね。
うーん80本は観たかったなぁ・・・。えー。うわー。すごい不満。何でもっと観に行かなかったんだろう!
アタシの馬鹿。


個人的プレイ・オブ・ザ・イヤーは、長塚圭史演出の「LAST SHOW」ですかね、やっぱり。
途中退出したくてしたくてたまらなかった前半戦から、市川しんぺーの説教に泣かされるにいたる迄のガラリ空気の変わり様は、もうホントお見事と言うか何と言うか。
岸田國士賞の最終候補作に挙がってますが、獲るかな? 「愛の渦」もノミネートされてる。
獲っても獲らなくても、来年も長塚旋風 吹き荒れるのは確実でしょう。取り敢えずは「桜飛沫」から。楽しみだ。
そう言えば、中山祐一朗氏がCM出てますね。エイブル。見ながらずーっとコレ誰だっけ誰だっけ言ってました。ごめんなさい。
京三パパがやった「Defiled」の再演もしくはDVD化を熱狂的に希望します。

今年は有名どころを少しずつだけど消化でき始めて、それが嬉しかった。
特にKERAの面白さを知れたのが非常に大きい。アタシのドツボにくる笑いを発見した喜び。
来年は書き下ろし一本だけらしいですけど、映像で今までの作品が消化できたらいいなぁと思います。「消失」が観たい。
小劇場にはまだまだ足を突っ込める感じなので、怯まずバンバン行きたいですね。
取り敢えずもう一度ポツドールと、今年こそ本谷有紀子。シベ少もそろそろ観よう。
多摩を始め、格地域の芸術祭にもちゃんと注目しておきたい。


さっきフライヤーを整理してたらコレ観たかったんだよなーての出てき過ぎ。見逃し過ぎたな。
来年は悔いのないように。
目標はナマで100本。てことは月に平均8本。
よしゃー稼ぐぞー。おー。
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by ling-mu.m | 2005-12-30 21:49 | 芝居/舞台
贋作・罪と罰
今年最後の観劇でした。
Bunkamuraシアターコクーンにて、NODA・MAP第十一回公演「贋作・罪と罰」。
浮島になっている舞台を二階から見下ろす席でした。役者の表情も見えたし見切れるところもないし、悪くない席でした。コクーンはどちらかと言うと嫌いなハコなんですけれども。
2階B列20番に座って身を乗り出し続けたオバサンは、いつかその頬を張らせてください。

客席の間に四角く舞台が作られた、変形型のお芝居。円形劇場の豪華版みたいな。
舞台の四方には椅子が並べれている。大抵が焦げ茶色の木らしき椅子で、中にはポップな色がついた物もある。デザインは様々。

暗転はなく、客電がついたまま、金貸しの老婆とその妹が入ってくることでお芝居は始まる。

タイトルが示す通り、ストーリィはドストエフスキーの「罪と罰」に由っている。
時代は幕末、所は日本。
主人公は江戸開成所の女塾生・三条 英(松たか子)。
非凡人が思想のために犯す殺人は許される。そう考える英は、計画的に金貸しの老婆を斧で殴り殺す。しかし、偶然そこに居合わせた老婆の妹をも手にかけ、彼女は苦悩する。
それでも、証拠隠滅を図りその場から逃走、自らが犯罪者であることを隠し通そうとする。
彼女の友人であり、英の犯罪を知ると自主をうながす男・才谷 梅太郎(古田新太)。
次第に英へその疑惑の目を向けていく担当捜査官・都 司之助(段田安則)。
日々の生活に飽き、時代が動く事件を心待ちにしている富豪・溜水 石右衛門(宇梶剛士)。
英の母(野田秀樹)、妹(美波)、父(中村まこと)、幕府転覆を狙う志士たち。
激動の時代の只中に立ち、その波に飲み込まれながら、英が行き着くのは天国か、地獄か?

意外にも休憩なしで二時間。
くるくると動き回る登場人物のおかげで飽きることはありませんでした。
役者は袖に引っ込むということをあまりせず、舞台外に並べれた椅子(どれも舞台に向かっている)に座って、観客の一部になったように座っていることが多かったです。
そこにいるのといないのとでは意味合いが違うのでしょうが、その法則性は見つけられませんでした。

椅子は小道具として盛んに使われてました。
噺家の使う扇子のような、何かひとつを色んな物に見立てるということが、野田さんは本当に上手だと思う。「赤鬼」各国バージョンの演出にはぐうの音も出ませんでした(特に日本のが好き)。
触ると光る(タッチセンサーかな)棒やぷちぷち(エアクッションというのか・・・梱包で使うヤツ)など、他の小道具もいちいち面白い。
舞台外の椅子に座っている人が効果音を出すやり方も、古典的な道具を使いながらわざわざ見せる所が遊んでるなぁと。
自由ーに作っている感じが、たまらなく好きです。気持ちがいい。

松たか子は「オイル」に続いてのヒロイン、格好よくて愚直な女塾生を、見事に演じていたと思います。
舞台の松の演技は真っ直ぐですごく好き。
棒読みか? とも取れる独特な台詞の吐き方が、富士にも英にもとても合っていると思う。

原作に忠実に、英は親友・才谷の言葉に従い、「十字路にひざまずき、大地に接吻をし、四方に向かって自らの罪を告白」する。
そして遠い雪国へと送られ、罪人としての償いをする。
彼方で待っている才谷を思いながら。

今回はラストの英の台詞に、危うく泣かされそうになりました。
頑なに頑なに自分を守ろうとしていたエリィト意識高々の彼女が、心を許しその言葉に従った彼方の人・才谷への手紙。
しかし その言葉は彼に届くことはなく・・・一度この戯曲を読んでいたので、最後どうなるんだっけーと思い出そうとしながら観ていて結局 思い出せず、英の父が彼に切りかかった所で、あーそうだ奴は坂本竜馬だったんだ、と史実を思い出して何とも言えない気持ちにさせられました。
でも、野田作品にしては何と言うか、光のある終わり方ではないか、という気がする。
暗転していく中で英の顔が静かに堅く歪んでいく様を無視しているかもしれない解釈だけれども。
それでも英は生きていくのではないか。新しい、明治という時代を。

古田新太が才谷かーどんなんなるんだろうと思っていたけど、意外に彼らしく演じていた。
と言うか、私の中で才谷が相当「イイオトコ」キャラに塗り替えられていたため、想像がつかなかったものと思われる。
金の亡者、という設定がすっぽり抜けていた。それが投じられるだけで、古田演じる色男に違和感がなくなるとはこれ如何に。
いや、でも結構 寡黙で、ダークっぽい しっとり系ヒーローだったから、やっぱりいつも彼が演じるような役ではないよね。

小松和重さんは緑のジャージが映えてて素敵でした。あの顔が好きなんだよねぇ。ふふ。
宇梶さんは不気味な役どころで。ちょっと声がこもり気味なのが気になりました。あと、すっっっごい残念だったのが、婚約者の智(英の妹)が彼を撃てず、部屋から出ていかせようとする時の「早く・・・早く!」の台詞が、完璧に流れてたこと。一回目の「早く」を聞いて智が動かない時、二回目が来るなと思うのはまぁ当然だしそこが読めるのは普通だろう。で、二回目が段取りになってたら嫌だなー流さないでよー宇梶さん、と祈るように思ってたのに見事に流れちゃって、すごいガッカリした。そこは役者魂 見せてくださいよオジサン・・・。

野田さんは相変わらずきぃきぃと元気で。楽しませてもらいました。
いつも母親とかおばあちゃんとか、女役やるのが好きだからかな。こだわりがあるのかな。自分が描く年増女像に。
智も阿呆っぽくて英といい対比になってたと思う。野田さんともいいコンビで。

衣装は英のが素敵でした。殺人を犯すまでは黒。そのあとは赤。返り血を浴びたイメェジなのかな。一度 汚れたらその罪は消えないということか。英は逃げていたから尚更だね。
足元がみんなアディダスかナイキの黒いスニーカーなのは違和感っちゃ違和感。草履を履けとは言わんが、意味合いはあるのかな。どっかで知れたら知りたいです。

初演時は、幕が上がる10日前ぐらいに地下鉄サリン事件が起きたらしくて、そこにばかり持っていかれたのはこの作品の不遇だった、と言う野田氏の言葉が、あちこちに書かれてますね。
確かに、あの事件の直後に思想で犯される殺人はアリかナシか? みたいなこの芝居を観たら、そんなこと言ってバカジャナイデスカ! と熱くなるばかりかもしれない。

十年たって、この国では思想で犯される殺人は遠いものになった、ホントはまだあちこちで行われているのに、というようなことを氏は言っておりますが、確かに「思想」という名のもとに人が殺される時代ではない・・・のかなぁ。
そういうのは、それこそ氏が目の前で人が殺されたと言う、全共闘時代がピィクだったのではないか。
そういう、良くも悪くも「元気」な風潮は、もはやこの国には一切 残っていないと思う。
あったとしても、その火はもう随分と小さく小さく、くすぶるばかりになっているのだと、私は思うのだけれども。
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by ling-mu.m | 2005-12-28 23:53 | 芝居/舞台
風のほこり
風邪ひいて熱出して伏せってたおかげで かなり前の話になってしまったのだけど、下北沢はザ・スズナリにて新宿梁山泊の「風のほこり」を観て来ました。
今月来月と観劇予定が全然たっていなくて、これじゃいかん! と(今更ながら)思い立ち、フライヤーやらシアターガイドやらネットやらで探していたら唐十郎さんの新作をやるというので。
小劇場はPPPP以来 行ってないし、先月に観た「調教師」がすっごい面白くて、また唐戯曲が観たい!と思ってた。ので、行ってまいりました。

こっからしばらく愚痴なので飛ばしておけーです。
公式HPの予約フォームでマチネのチケットを申し込んだのに、確認メールではソワレ一枚になってた。しかも学生券で行きたい場合を問うたのに一切 返事がない。
不安なので電話をかけてきちんと予約が取れているか聞く。学生券についても聞く。
電話に出た相手は随分と慌しく、しかも こっちの話をちゃんと聞かない。何回も同じことを言わせる。
予約については確認のうえ訂正しておきます、学生券については当日に受付へ言ってくださいとのこと。
当日、受付へ予約をしてあることを告げる。
案の定、予約が入っていない。慌てられる。自由席だから特に問題はないが。
学生券でと言ったら、また慌てられる。学生証を提示。
が。通常料金 取られたってどういうことじゃい。
すっげ腹立つ。すっげ腹立つ。
素人じゃないんだからさー学生じゃないんだからさーちゃんとしろよ制作!!!
年明けてすぐ今度は清水邦夫の戯曲をやるので行きたかったのだけど、今回の制作の対応で劇団自体に萎えてしまいました。心狭いからさっ。
以上、愚痴。


今回と先月シアターコクーンで観た「調教師」とどっちの話が好きかと聞かれれば、断然、後者を取る。
「調教師」の方が、泥臭くなくて洗練されてて、そういうものの方が好きだからだと思う。
でも、「調教師」が書かれたのは1970年代。対して、「風のほこり」は2005年。
今作が描いているのは昭和五(1930)年の出来事で、今から75年も前のこと。
その時代の泥臭さを、まさに21世紀な今、書けてしまうというのが、とても凄いことに思える。
唐氏自身の「昭和の記憶」を元に紡がれている物語なのだろうが、それにしたって、彼自身の生きた時代ではない、「昔」のことだ。
パトレイバーもアトムも生まれていていい この時代に、小さな箱の中でだけとは言え、「75年前」のエログロ(さは、あまり表現されていなかったけども)ナンセンスな姿が垣間 見れたことが、若造の私には何だかえらく新鮮に思えて、それが非常に楽しかった。
演技も舞台美術も、まるで昭和なのだ。
最後に水の中から立ち表れた鏡、あの登場のさせ方も、割れ方も、いちいち洗練されていない。
そのやり方が、もうまるごと、「昭和五年」なんだろうなと、アタシは勝手に解釈している。

物語自体はそんなに胸にくるものではなかった。
「調教師」の方が分かりやすくて、まぁ正直に言って、難しかったんだな。今作は。
自分的に楽しめる箇所があんまりなかったように思う。残念ながら。
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by ling-mu.m | 2005-12-28 00:59 | 芝居/舞台