カテゴリ:思慮( 40 )
独白、でもホントは言ってやりたい。
それは優しさじゃない。
優しさに見せかけたエゴだよ。
よしんば優しさだったとして、今、そんな優しさは要らない。
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by ling-mu.m | 2004-12-03 01:00 | 思慮
ケータイデンワが命綱
だなんて、何て悲しい話だろう。
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by ling-mu.m | 2004-11-25 23:23 | 思慮
言葉のこと、あれこれ
まざーらんぐえっじ

文化は言葉に根ざしているから、文化を守るってことはイコール言葉を守るということなんだ。
と、予備校時代に現代文の先生に教わったことを思い出した。
国を統一しようとする時、中央はまず言葉を統一させようとしてきた。
意思の疎通を図るためには言葉がいる。同じ言葉を同じように理解している相手でなければ、こちらの思惑は伝わりにくい。
無理からに自分たちの言語を強いることで、中央は共通言語を得るとともに、自らの力を誇示することもできる。
私は同じ類の話として理解しているのだけども、世界大戦後、各地の方言が禁止された時期が日本にはあった。
うっかり方言を遣った者が帰りの学級会でつるしあげをくらう、ということが当たり前に行われていたらしい。
一刻も早く戦争の痛手から回復するためには国民の団結力が必要だ、とか、そんな感じの考えによる政策だろうと思う。
今も多彩な方言が健在であることを思えば、おそらく政策は途中で立ち消えになったのであろう。
自分が、方言を持っているだけに、ぞっとする話だ。

強い言語が、強い文化。
その風潮は今日でも勿論見られる。
日本人の生活様式がアメリカナイズされて久しい現在、カタカナ言葉が、多用を通り過ぎて乱用されているのが現状だ。
全く嘆かわしい事態だと思うよ。
大袈裟かもしれないけど、これは憂うべき出来事だ。確実に。
カタカナ語が氾濫している大人社会を皮肉っている場合では、もはやないと思うのだ。

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方言の話を出したのでついでに。
方言、出なくなってきてる。確実に。
出さないようにしてたっていうのもあるけど(だって馬鹿にされるんだもん)、「ちょー(超)」って連発してる自分が、何か嫌。凄く嫌。
ちなみにお国の言葉では「ばか」と言ってました。
「ばかムカつくらー」は、「超ムカつくよねー」の意。
いや、超も使うけどね?
疑問詞「け」も使わなくなったなー。気に入ってたのに。
「それ、マジけ?」は「それ、本当?」の意。・・・文字で読めば分かるけど、聞いたらきっと違和感あると思う。遠州弁 知らない人は。
語尾が「だら」「だに」になるのが、遠州弁の一番の特徴ですかねぇ。
標準語で言うところの聞き返し(確認)「でしょ?」が「だら?」ですからねー。ダサいことこの上ないな。愛してるけどな。
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by ling-mu.m | 2004-11-25 02:34 | 思慮
大人が嫌い
な、子供時代でした。
親も教師も隣のおばさんも通りすがりのおっさんも大嫌いだった時期もあった。
その名残が未だにあって、何でアタシはこんなに大人が嫌いなんだろう、と考えてみた。
ら。
正しくは、「大人が嫌い」なのではなく、「大人気ない大人が嫌い」なんだと気付きました。
「大人はちゃんと大人らしく大人でいてくれなきゃ、やだ」と思ってる。常に。

改札で横入りされたり、タバコのポイ捨て目撃したり、バイトで罵られたり、その度に腹を立てるけど、怒れる理由を突き詰めてみると、結局「大人にそういうことされた! あいつら大人のくせに!」ていうことなのですね、いつも。

大人は常に、誠実で勤勉で道徳的でモラルある存在でなければならない。

て、思ってはいないけど、そういうことを求めてることになるのかな自分は、と。
考えたら、我ながら情けなくなったよ。
アタシだって一応もうハタチで、場合によっちゃあ“大人”て位置づけられる場面も度々ある訳で。
それなのにまだ子供気取りで大人にあれこれ求めてる。
大人はそんなキレイなもんじゃない、って、現実を見て嫌って程 分かってる筈なのに、まだ納得できないでいる。
これって、つまりは自分が「子供だから」って理由で「許されたい」からなんだろうね。
大人に対して、子供は絶対的に弱者だから。
今の世の中そうも言ってられなくなってきてるけど、でも社会的にはまだ、そうで。
アタシはあんたより弱い存在で、それなのにその仕打ちは何!?
て。思ってる証拠なんだろうな。
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by ling-mu.m | 2004-11-22 01:09 | 思慮
久し振りに
とても共感できる文章を見つけた。
まずはこれを読んでみて下さい。↓
どんなこころが欲しいのか。これなんだなぁ、ほとんど全部。

以前にも紹介した、ほぼ日刊イトイ新聞内の連載「坊さん」より。

目からウロコ、とまでは言わないけれど、読んだ瞬間、とても納得がいった文章。
そうそう。そうなんだよね!
て、なんだか無性に、嬉しくなってしまったのさ。
きっと、アタシが何となく考えていたこととぴったりキタ、って、その程度のことなんだろうけど。
だからナニ? って言われてしまえば、それまでのことなんだけど。
それに気付いたところで、戦争が終わる訳も飢えた人がいなくなる訳もなく、人殺しもエイズ患者も親に殴られる子供も減らない。何も解決しないし何も生まれない。
アタシの何かが解決する訳でもない。それもやっぱりそうなんだけど。

でも、アタシの心はほんの少し救われた。
それが嬉しくて、誰か他の人にも伝えたくなったんだ。

あからさまな励ましの言葉がとてもしみる時もあれば、こういう、別段そういうつもりで書かれた訳じゃない文章に心打たれる時もある。
結構、気付いてなかったことかもしれない。
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by ling-mu.m | 2004-11-15 13:43 | 思慮
へこんだ時に考えること2
アタシなんか死ねばいいのに。
ということを口にすることがあります。時期によるけど、割と頻繁に。
今もちょいとそういう気分で。

この言葉は、マジでクソだわー自分、て思いから出てくる訳で。
アタシの存在が周りに迷惑なり悪影響なりを及ぼしてるから消えなきゃ、て思い。
でも、これって半分は本当だけど半分は嘘なんだ。
要は、アタシが逃げたいだけなんだよね。
でも、逃げたいですって真正面から言うにはうしろめたさがあって、何かそこに、アタシが逃げることによって周りも平穏になるんですよ、みたいなアピールを加えたい。
てのが、真相な気がするのです。
逃げる理由を自分に与えて、逃げることを正当化する、みたいな手立て。
つまりはそういうことだと思うのです。

陳腐な被害者意識なのかな。だよね。
アタシって可哀想、さめざめ。って臭いがぷんぷんする。
我ながらくだらない。
でも思わずにはいられない。
てか別に、普通に逃げたいですって言えばいいのにね。
逃げたくても逃げれないから、「死ぬ」って大仰な言葉を持ち出して来てんのかな。
流石に死ぬのは無理だからさー、へらへら。みたいな。
そんで またさ、もしも死んだら泣いてくれる人がいる、ってのも分かってるからタチが悪い。
こう言えば心配して慰めて貰えるからって計算を、どっかでしてんだ。絶対。
くだらなさ大爆発だ。
ホント、申し訳ないです>いつもお世話になってる人達。

あー。クソだわ。マジ死ねばいい。


昔から、基本姿勢は後ろ向き、って人間だった。
逃げることが第一だった。立ち向かうことなんか最初から考えてもいなかった。

改善されたかと思いきや、人はそう簡単には変われないらしいよ。残念。
人間やめたい。やめればこんなこと考えなくてすむのに。
つってにループ。
終わらない堂々巡り。
誰か浮上する術を教えて下さい。
・・・他力本願なのも昔からだな。三つ子の魂百まで、ってヤツか。厄介な話だ。
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by ling-mu.m | 2004-11-13 00:40 | 思慮
ヒーローについての考察
昨日、授業の発表で「スーパーマン」と「スパイダーマン」のビデオを使った人がいて。
発表の内容には何ら関係ないんだけども、見せられたのがどっちも人命救助の場面でさ。
まぁ、彼らはそれがお仕事らしいじゃないですか。ちゃんと観たことないから知らんけど。
で、さー。
「スパイダーマン」の方で、赤ん坊を助けて貰った母親が「有難うスパイダーマン」とかって言った時に思ったことなんだけれども。
映画の世界の人たちは、彼らヒーローの存在を認識している訳じゃないですか。
彼らがいることが日常なんですよね。
でもさ、彼らは一人きりのヒーローじゃないですか。
警察や消防みたいに、そこいらにいるものではない(その代わりに超人的な力を持っていて、それだからヒーローなんだろうけども)。
彼らは一人で、つまり行動範囲には限界がある。一度に二箇所の現場を処理することは決してできない。
てことは、助けられない存在も当然出てくる訳ですよ。
でも、その不幸にもヒーローに助けて貰えなかった(あるいは助けて貰った人がすごく幸運なのかもしれませんが、まぁ今は置いといて)人達も、「助けてスーパーマン/スパイダーマン」と思っているかもしれない。てか、思ってるでしょう、そりゃ。だって、神様助けてって言うよりよっぽど現実的なんだものね、彼らの世界においては。
でも、願ったのに来て貰えなかった、助けて貰えなかったら?
その落胆はものすごいものだと思うんだよね。
神様だったら諦めがつくけど、彼らには何せ実績があるからね。
神様より警察より消防より確実に助けてくれる筈の存在に見捨てられた。意図的ではないにしろ。
これはなかなか怖い世界だなぁ、と。
思った次第でありますよ。ええ。

まぁ、そういう世界はそういう世界で、そういう時の気持ち的な対処の仕方、というものを身につけられるのかもしれませんが。あるいは、ヒーロー達もやはり神様と大差ない存在なのかもしれないね。
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by ling-mu.m | 2004-10-15 13:58 | 思慮
100クリック記念
て、すごい個人的なことで恐縮なんですが。

「クリックで救える命がある」というサイトがあります。
1クリックあたり1円を、企業がクリックする人に代わってNPO団体に募金してくれるサイトです。

世界平和を叫んで集会開くよりも、駄菓子食いながらブログ書くついでにクリックしに行く方が役立てることもある、と。
思ってるので割と常々。
別に集会がくだらん、とかではなくね。
現地の人が求めているのは同情や励ましの言葉じゃなく、物や金だろうと。
でもそんな大々的な行動はちょっとね、と思ってる人間の、よき逃げ道なのです。
自己満。て、そこまで自分を下げることもないか。

うっかりここに踏み込んじゃって、今日の記事を見ているって人は、ふらっと行って、クリックしてみてくれると嬉しいです。
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by ling-mu.m | 2004-10-10 00:54 | 思慮
望郷の念
私は静岡県出身です。
この春から、横浜に住みながら東京の大学へ通っています。

今日、駅で浜名湖花博のポスターが連貼りされているのを見て、ちょっと故郷へ帰りたくなりました。
帰ってどうなるものでもないけれど、へこむとどうしても、無駄に懐かしんでしまいます。
受験時代は、脱出することばかりを考えていたというのに。

もうあの町で“暮らす”ことはないと思うんですが、帰りたい場所はやはり、いつまでもあそこなのかもしれません。


なんつって。
へこむとおセンチになりやすくて駄目ですわー。
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by ling-mu.m | 2004-10-06 22:32 | 思慮
へこんだ時に考えること
へこむことがあると、いつも考えてしまいます。
人間なんかに生まれてこなきゃぁ、こんな気持ち知らなくて済んだのに、と。
悲しいも辛いも腹立つも切ないも。
嫉妬したり打算的だったり計算を巡らしてたり建前を言ったり。
人間であるばっかりに、そんな要らない感情や行動を腐るほど持つ羽目になった。
アタシは誰にも産んでくれなんて頼んでないのに。望んでないのに。

すーごい身勝手だって、裏では分かってて反省しながらまた落ち込むんだけど。そういうどうにもならないことに対してぶちぶち言う自分に。

でも思っちゃうんだよね。違う国で泣いてる子が、アタシの変わりにこの平和な国に生まれれば良かったのにね、とか。失礼極まりない話だけど。

アタシなんか死ねばいいのに。
へこむと考えちゃいますが、死ぬ勇気なんてものもないんだよなー。
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by ling-mu.m | 2004-10-01 01:46 | 思慮