2009年 04月 05日 ( 2 )
ゴッドスター/告白
奇しくも「母親」が語られる小説を、続けて読了しました。

古川日出男・著『ゴッドスター』を、新幹線のお共にしました。
『聖家族』に手がつけられないまま、外堀ばかりを埋めている気がします。
短編集『gift』と共に、古本屋にて単行本を購入したもの。『gift』を先に読了。

読み始めてすぐ(流石に)気付いたけど、私はこの作品を雑誌上で既に読んでいたのでした。どころか、それが初の古川作品で、あーこのヒト苦手。って思ったキッカケなのでした。
だから、すっかり古川読者になった今、改めて読み直すことに結構ワクワクしました。どう思うんだろうな、今のアタシは、と。

当初、何で苦手意識を持ったかと言うと、その独特な文体と明かされない謎の多くにキモチワルイ~ってなったからで。
改めて読んで、これは古川作品の中で、でもやっぱりある種の異端であるな、とは思って。
他では見られない、実験的な、言ってみれば読者に喧嘩売ってるっていうか挑戦している書き方がされていて、それを最後の最後に「読解は必要ない」の一言で納得させようとするのは、いささか力技すぎやしないか、と。
思わないでもない。

でも、反発を抱くかっていうとそんなこともなく、あーでもこういうのもアリなんじゃない? と、割とすんなり受け入れることは可能。
それが何でかなって考えると、大きいのは1,300円っていうその値段かなと。
アタシは700円で購入してるんだけど、ていう話は置いといてね…。

ある程度の読者がついていて、認知度も高くて、評価もされていて、そういうタイミングで、割と手の出しやすい値段で作家のやりたいことをやらせて発売する、その上手さ。に、納得させられるな、と。
いや、雑誌発表時の反響が意外と良かっただけの話かもしれませんが。
私はそんな風に解釈したのでした。

内容は…まぁ、まぁ面白かったよ。なかなか。これからも古川読者でいるのなら、読んでおいて然るべきものだったな、と思います。

***

帰りの新幹線のお供は、母の本棚から拝借してきた『告白』、湊かなえ・著。
なんかエラい売れてる本らしいですね? てことで軽い気持ちで読んだのだけども、ども、ねぇ……

読むなよー母。こういうものを。何を思って買ったのよコレを。何も知らんで買ったのかよ。そんで最後まで読んだのかよ。

て、怒りにも似た気持ちがこみあげました。その時はちょっとたまらなかったよ。


中学校教師・森口悠子の娘・愛美が死んだ真相と、関係者たちの思惑。
章ごとに語り手を変えて、様々な周辺事実が明らかにされていく。

第一章を読み終えたときの衝撃というか戦慄というか、は、結構なもので、思わず声をあげそうになるぐらい。
背筋に嫌ぁなモノが走りました。
第二章に行くのに、ちょっと休憩が必要だったくらいに。

でも、ハッとさせられたのは第一章だけで、あとは不愉快になるばかりの…人間のエゴとか肥大化しすぎた自我とか、そういうものがバッシバシ投げつけられてきて、正直キツかった。
そういうものにからめとられないように必死に生きているのに、見て見ぬ振りしてるものを突きつけられて、やーめーてーよ、もぉぉぉぉおおお……。泣きたい。て、なりました。

作者どういう人だよ、どんだけ冷静なんだよ、もしくはどんだけ世の中をっていうかもしかしたら特定の誰かを? 恨んでんだよ。そうじゃなきゃ書けなくね、こんなもの?
いや分かんない、そんなことないかもしれないけど、アタシの狭い世界の中ではそれは不可能。理解するのは無理。

て思わせるほどのものを書いたから、この作品は評価されたし支持もされているんだろうな、きっと。そこは分かります。
いや、実力はすごくある人だと思います。だって結局 読んじゃったしね。

自分の経験と想像力で他人の気持ちを推し量るなんて、できないんだろうな、ていうのがこの作品を読んでの一番の感想。
誰が何を考えているかなんて、本当のところは理解できるはずもないんだろう。
だって他人は自分じゃないから。

でも、そう思っても必死で理解しようと、して貰おうと、して貰えないことに折り合いをつけようと、足掻いてるのに、それが全部 無駄なのかな、て、弱気になってしまうね。
うう。そんな簡単に影響はされないけどさ。けどもさ…。


あ、あと、母親になるのはやっぱりとてつもなく怖いことだな、と思いました。
常日頃から恐怖心を抱いているところに更に冷水を注がれた感じ。
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by ling-mu.m | 2009-04-05 00:43 | 活字/漫画
ゆれる
奈良から帰ってきました。イッテコイってやつ?

ちょっと古い話題になりますが、WBCにまるで興味のなかった私は、アメリカ戦の朝にその話を振られ、「今日キューバ戦でしたっけ?」って言ったら「非国民め」と罵られた訳ですが、今回の帰省の際にイチローのニュースから派生して、母が「あのー、WBAだかWACだかの時に…」って発言をした時、上には上がいるな。と思いました。

そのAは何処から来たのママ。アメリカから来たのママ。
ワールドアメリカクラシック。もはや野球の影は皆無なのママ。

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DVD鑑賞週刊の締めは『ゆれる』でした。

オダジョーが出てて何か兄弟の話で吊り橋が象徴的で監督が女の人。
ぐらいの前知識で、ていうかアタシは何でそれで観ようと思ったのかな。誰かに薦められたか何かで読んだかしたのかな。まぁ多分きっとそう。

想像していた雰囲気と違って、もっと『アカルイミライ』とか『殯の森』みたいな、口数の少ない映画かと思っていたら、全然そんなことはなかったです。
結構な量の対話がなされていました。
それなのにすれ違う人と人。
切ないね。

最後、お兄ちゃんは笑ったけど、あのままバスに乗って行ってしまうのではないかなぁという気がしました。
でも、だからって兄弟の再生がなされなかったとも思わなくて、あの一瞬の再会で充分だったんじゃないかなぁ、と。
それが断ち切りたくてもできない、血の濃さってヤツじゃないかなぁ、と。
そう思うのは希望的観測すぎるでしょうか。

でも、だったらお兄ちゃんはバスに乗る必要はない訳ですよね…あれ、矛盾。
兄弟の再生がされなかったら、オダジョーが流した涙の意味も、走った意味もなくなってしまう、それは個人的に嫌で…でもやっぱり、お兄ちゃんはバスに乗ってしまう気がしていて…だってそうじゃなきゃ、あそこで映画が終わる必要はない気がして…。

物語外のことを考えすぎかな。でもそれがフィクションを味わう醍醐味だっていう気もするしな。
いやもちろん、そればっかが楽しい訳じゃないし、そればっか求めてる訳でもないんですけど。

チエちゃん愚かな女だな、もっと賢くいてほしいな、とか。
観ている最中に思うこともたくさんありますけれども。
うむ。
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by ling-mu.m | 2009-04-05 00:08 | 映画