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海がきこえる
阿部和重「シンセミア」→是枝裕和「小説ワンダフルライフ」→氷室冴子「海がきこえる」
どんどん軽いものに流れて行ってる・・・。

「海がきこえる」、久し振りに読みました。もう何度 読み返したか知れない。
そんなに特別、思い入れがあったり大好きだったりする訳ではないのです。
でも、時間を置くとふいに読みたくなる。
読むたびに、自分の中で各所の感じ方が変わってて、それが面白くて読み返してしまう。
その時の自分の状況、年齢だったり季節だったり心持ちだったり傍にいる人だったり周囲の環境だったり、そういうもので大分 左右される。
読書ってもともと そういうものかもしれないけど、この作品は読む度に「解きほぐれる」という感じが如実にして、手応えがあって、つまり色褪せることがないから好きだ。

書かれたのは90年代なので、勿論ところどころに違和感はある。
「ヒスる」とか「ワンパ」なんていう言葉遣いだったり、人物の服装だったり、物価だったり。
にしても、時代を感じるというほどには主張していないので、そんなに気になるものでもなく。

読み始めて最初、とりあえず里伽子に腹を立てるのは毎度毎度、変わらない。
なんちゅー自己中オンナだよコイツは。と、目くじらを立てるほどではないけど、はっきりと不愉快には思う。
そして、主人公・杜崎拓が彼女を受け入れ、彼女のワガママに寛容になっていくにつれ、自分の中でも溜飲が下がり、気付けば里伽子のキャラをよしとしてしまう。

高校生の頃はそれでも、やっぱり もっと彼女のことは嫌いだった気がする。
物語を通して確かに成長して、大人になり落ち着いていく彼女が可愛く思えるようになったのは、ひとえに自分が年を取ったからだ。多分。

「海がきこえる」というタイトルなのに、今まで作中での海の存在に全く、これっぽっちも気を配ったことがなかった。と、いうことに今回 初めて気付いた。
ちょっと愕然とする。
それくらい、シンプルにしなやかにかつ自然な情景として、海がつかわれているんだ。…という言い訳。
最後のシィンがこんなに印象的だったことは かつてない。
自室の窓から遠く輝く海を眺める森崎拓。
夜の中の、きらきらの水面。
ものすごく衝動的に、海に行きたくなってしまうラストだったのだな。という再発見。

気付けば、自分は杜崎拓や里伽子たちよりも、年上になってしまった。
津村知沙と同学年だ。
彼らが等身大に感じられる筈だよなぁ、そりゃ。

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by ling-mu.m | 2006-11-23 20:12 | 活字/漫画
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