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ヒーローについての考察
昨日、授業の発表で「スーパーマン」と「スパイダーマン」のビデオを使った人がいて。
発表の内容には何ら関係ないんだけども、見せられたのがどっちも人命救助の場面でさ。
まぁ、彼らはそれがお仕事らしいじゃないですか。ちゃんと観たことないから知らんけど。
で、さー。
「スパイダーマン」の方で、赤ん坊を助けて貰った母親が「有難うスパイダーマン」とかって言った時に思ったことなんだけれども。
映画の世界の人たちは、彼らヒーローの存在を認識している訳じゃないですか。
彼らがいることが日常なんですよね。
でもさ、彼らは一人きりのヒーローじゃないですか。
警察や消防みたいに、そこいらにいるものではない(その代わりに超人的な力を持っていて、それだからヒーローなんだろうけども)。
彼らは一人で、つまり行動範囲には限界がある。一度に二箇所の現場を処理することは決してできない。
てことは、助けられない存在も当然出てくる訳ですよ。
でも、その不幸にもヒーローに助けて貰えなかった(あるいは助けて貰った人がすごく幸運なのかもしれませんが、まぁ今は置いといて)人達も、「助けてスーパーマン/スパイダーマン」と思っているかもしれない。てか、思ってるでしょう、そりゃ。だって、神様助けてって言うよりよっぽど現実的なんだものね、彼らの世界においては。
でも、願ったのに来て貰えなかった、助けて貰えなかったら?
その落胆はものすごいものだと思うんだよね。
神様だったら諦めがつくけど、彼らには何せ実績があるからね。
神様より警察より消防より確実に助けてくれる筈の存在に見捨てられた。意図的ではないにしろ。
これはなかなか怖い世界だなぁ、と。
思った次第でありますよ。ええ。

まぁ、そういう世界はそういう世界で、そういう時の気持ち的な対処の仕方、というものを身につけられるのかもしれませんが。あるいは、ヒーロー達もやはり神様と大差ない存在なのかもしれないね。
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by ling-mu.m | 2004-10-15 13:58 | 思慮
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