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ウィー・トーマス
渋谷はパルコ劇場にて「ウィー・トーマス」を観劇。
英国の劇作家マーティン・マクドナーの戯曲を、長塚圭史が演出。翻訳もやってんのかな、と思ったら違う人でした。流石に忙しいし、無理か。

翻訳劇を観るのは、割かし珍しいかと思います。
テレビで海外もののドラマ(ERとかフルハウスとか)を観ると感じる言語への違和感は、やはり舞台にも同じように存在し、しかし別にそれが不快とか嫌いとか言う訳ではなく、それはそっれとして、楽しみます。
でもやっぱ喋ってるのは日本人だからな。入り込むのは、少し大変。

2003年に初演したものを、キャストを変えて再演。
この初演時のキャストがさー。北村由起哉に中山祐一朗に板尾創路、ていうヒトビトで、もう断然そっちの方が惹かれる訳ですが、今 言っても仕方なし、と。その頃のアタシは受験生だ。

ウィー・トーマスという名の黒猫が死んだところから物語は始まる。
彼はパドレイク(高岡蒼甫)が五歳の頃から唯一の友として可愛がっていた猫で、何者かにより頭を潰されて惨殺。死体を見つけたデイヴィー(少路勇介)がパドレイクの父・ダニー(木村祐一)のもとへ連れて行くが、きちがいパドレイクと呼ばれるクレイジーな息子の猫が死んだとあって、二人は その事実をどう隠そうか画策する。

ドタバタ劇。と言うと、いささか軽いか。
ものすごいブラックコメディーですよ。黒い黒い。もー真っ黒ですよ。
いたーい痛い痛い痛い痛いってば! てなる。
心理的にもだけど、物理的に。いや、物理的には痛くないんだけど、でもやっぱり何か、皮膚感覚として。とても痛い。
銃がぶっぱなされる度にびくつくアタシ。なんでこう正視できない舞台を作るか長塚圭史…。
サドだなーと思う。

マッドな人ばっか出てくる芝居でしたよ。
パドレイクもダニーも、パドレイクを殺そうとするクリスティ(堀部圭一)もその仲間も、パドレイクに恋するマレード(岡本綾)もみんな。みんな狂ってる。
狂ってる人間て、本人は気持ちがいいんだろうね。ワガママし放題だもんね。
それを目の当たりにする、もしくはそのワガママの対象になる真人間は、どうしたらいいのか、という選択肢すら与えられずに、繰り広げられるワガママな惨劇に晒されなければならないのだね。実に理不尽なハナシだ。
幸い、物語中には真人間はいないから、そういう理不尽さは観客のみが被ればよかったけども。
いちばん真人間ぽかったデイヴィーも、結局はマッドな部分を持っていて、だから正気を保てていたのだろうなと思う。
こういうキチガイ沙汰は、日本人でも成り立つだろうか?
・・・・・・どうだろうなー。
まず、銃で簡単にぱーん! てのが、日本人には似合わない。かと言って、日本刀や包丁じゃ、この芝居のようなスピーディーさは出ないから、小道具として考える余地がある。まあ、小道具なら構成いかんで何とでもなるとして、気狂いな人が殺しあう状況。
うん、別にいけるか。いけるなー。国は関係ないのか。
長塚さんが去年やった「LAST SHOW」だって、ある意味キチガイ沙汰だし(アレは真人間が巻き込まれている構図だったけれども)、ていうか、芝居なんて大体がキチガイ沙汰か? と考えると、確かにそう言えてしまうような舞台がチラホラと浮かんでくる。
そうかー。なるほどね。

かるーいノリの、しかし根底には何っか暗ーい淀んだものが流れてる、そんな芝居でした。
二時間ていう時間もちょうどよくて、コレは結構オススメかも。パルコ劇場いいところだし。
A列だったので一番 前かよーと思っていたら、前三列は増設用にかな、XYZ列だったので、結果的になかなか良い席で観れたのでした。よかった。
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by ling-mu.m | 2006-06-30 00:02 | 芝居/舞台
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