<< ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踏団 うんとこどっこいしょ >>
東海道四谷怪談
母が行きたがったので一緒に観て来ましたコクーン歌舞伎「東海道四谷怪談」。
コクーンで隣合った客のマナーが良かったためしがねぇ。

お金ケチってA席かなんかにしたら二階席で案の定 遠くて、母に怒られました。
ごめんよママン。いつか桟敷席で観せてあげるさ。

鶴屋南北が原作の「東海道四谷怪談」、当然 読んだことはなく、アタシの中では京極夏彦の「嗤う伊右衛門」(新歓の時に知り合った人に貸したっきり返ってこないや・・・もう一冊 買おうかしら)で世界観はガッチリ固められておりました。
お岩さんは頑固でいじけた気の強い女、伊右衛門は無口で不器用な硬派。
お互いを心底から愛していたのに、結局 添い遂げることはできなかった悲恋。

ところがどっこい、原作からは結構 離れて一人歩きしていたのですな、と判明。
何せ伊右衛門がクソ根性の悪い男で、人を殺しまくるんだから堪らない。
そうして殺された者が皆、伊右衛門 憎しうらめしや、と言って化けて出るのだからまさに怪談。
お岩さんは、木村屋と伊右衛門の犠牲者という立場でやはり同情をせずにはいられないお人だけども、伊右衛門に対して強く出られないあたりが都合のいい女っぽくて、嫌だ。
そういう人が死んで尚 化けて出て恨めしい旦那をたたってやろう、という姿勢を描くことによって、女の鬱憤を晴らさせようだとか女の真の恐ろしさなんかを表しているのかもしれないが。

契った女が実は血を分けた妹だった、という挿話があるのだけど(直助と、お岩の妹・お袖)、そういう話って昔から支持されてたんだ、て思った。
禁断に弱いのはアダムとイブを先祖に持つ人間の性かな。キリスト教の話ですけど。でも、そういう話が生まれること事態に表れてるんだろうね、禁じられてることをしたい・見たい願望。
許されざる恋が素敵、という思いがなければ、ロミジュリが未だに上演されることもない訳で。

嫉妬に狂って死んだ岩、若い女を手に入れたくて岩をソデにした伊右衛門、自分の娘可愛さに岩に毒を盛った木村屋、今も何処にでもいそうな人間ばかり出てくる。
根本はきっと何にも変わっちゃいないんだ、江戸も平成も。
不思議な話だけどねぇ。

パンフを見て驚いたのが(もの知らずがバレますが)、歌舞伎って一人で何役もやるのだねぇ。
勘三郎が同じ場でほぼ二人の人物を演じてて、裏ではきっと超早着替えが行われていたのだろうなと思うのだけど、やっぱりそれが普通なんだろうか。
そして場を変えると同じ人物を違う人が演じていたり(弱ダブルキャストみたいな)、相当 変則的で驚いた。
きっとそういう伝統があるから今でも同じように演じられているのだろうけど、これは演劇の手法としてはかなり変り種なんじゃないかしら。
身体的に大変というだけじゃなく、気持ちの流れとか役作りという面で、非常に難しくなると思われるのよ。
うーん、驚いた。

中村七之助の女形が観れてアタシは大満足でした。美しかった。
[PR]
by ling-mu.m | 2006-04-04 21:48 | 芝居/舞台
<< ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踏団 うんとこどっこいしょ >>