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再演A。キミのなかのボクのこと/Angela!
今日は半オフ。
芝居を二つ観ました。どっちも ご招待。気分いい。

一本目はTIFリージョナルシアター・シリーズ三本目、札幌の劇団・SKグループによる「再演A。キミのなかのボクのこと」
前二本が正直 残念なものだったため、観ないでもいいかなー広報の仕事も残ってるしなーと思ったのですが、なんとチケット完売の回も出て、非常に好評を博している様子だったため、こりゃ観とかにゃ、と。
時間ぎりぎりに着いてみたら今までのリージョナルが嘘のようにぎゅうぎゅうの客席。
おーこりゃすげぇ。
期待しながら暗転を迎える。

登場人物は四人。
断片的に記憶を無くしてしまう障害を持つ晶と薫。
彼女と彼のもとに、ある日 誠という名の少女がやって来る。
彼らはかつて重大な罪を犯し、しかし犯行時の記憶が無いために裁かれることはなく、治療という名目のもと、病院に隔離されている。
彼らのもとに、毎週月曜にやって来る自称ジャーナリストの男は、彼らの実体験に基づくルポルタージュを本として発表することにより、犯罪を犯した障害者の現状を世間に訴えたい、と言う。

晶は大人の男が何故だか怖いと言って、その男に会おうとはしない。
薫は自分を施設から出してくれると信じ、その男をひどく慕う。
彼には他人には聞こえない音楽が聞こえ、声が聞こえ、行列をなすハタラキ蟻が見えてそれを潰さずにはいられない。
嗜好や思い出のひとつひとつが、あまりにも似すぎている晶と誠。
誠は、卒業式の帰り、バスに乗っていたところで記憶が途切れていると言う。
彼女は晶に、今は2010年だと告げられ、四年分の記憶をなくしていることを知る。

しかし、真相を男が暴く。
彼は誠が「帰って来る」日を4年間、待ち続けていた。
誠が晶を、晶が薫を、「辛い出来事」を受け止めきれずに、彼らは彼らを生んだのだ、と男は言う。
晶と薫は誠が自分の内に作り出した第二、第三の人格。
彼女は、多重人格障害者だった。

誠は幼い頃、日常的に、画家であった父に、彼のアトリエで、性的虐待を受けていた。
母は見て見ぬ不利をし、娘を嫌悪することで彼女を見捨てた。
誠は、過酷な記憶を晶にゆだねることで自分の身を守った。晶もまた、それを薫に託すことで傷つくことから逃げた。薫は、それを忘れ、ちょっとバカな子になることで、その記憶を捨てた。
彼らは、彼らを守るために生まれた。

悲痛な話を、重すぎず軽すぎず、かつ社会的すぎずに描いていて、いいホンだと思った。

男の書く本は結局は体の主体である誠についてのもので、「自分が主人公の本を出してもらってココから出るんだ」と信じていた薫は、そのことに激しく嫉妬する。
裏切られたと感じる。「だって僕の本だって言ったのに!」と、何度も何度も。
優越感は誰だって持ちたい。彼の姿に切なくなった。
でも彼は晶のことを大事に大事に思ってた。おじさんが本を出せば、晶も一緒に出られるんだって信じてた。
人には見えないものが見える彼には、そばにいる唯一の人である晶が、本当に本当に大事だった。
だって薫は晶を守るために生まれたんだから。

人気の理由は、人の孤独について言及していたからかなと思う。
分かりやすいし、話の展開に意外性があるし、感動して泣けるし、希望のある終わり方だし。
そうやって、「いいお芝居だった」て言って貰えるんなら、それでいいんだと思う。
分かりやすくて、答えらしきものをくれちゃって、いいんだと思う。
そういうこと批判する風潮にあるけど、やっぱり、ほろり泣けて、いいもの観たなって気持ちが人の心の中に残るんなら、それでいいんだと思う。

久しぶりに素直に泣ける芝居を観た気がする。
現代人は、みんな自分は孤独だと感じているんだねぇ、きっと。

フライヤーを見た時はやる気ないなーコレ、と一笑に付しましたが、いやぁ、やっと足を運んでよかったーと思えるものが観れて、嬉しい。
しょぉーじき、前ふたつは、ちょっとないなーと思わせてしまう作品だったので。
特に現代時報。学生演劇以下だった。素晴らしくつまらなかった。そして下手だった。
早稲田演劇を少し見直しました。やっぱりそれなりにチカラはあるのかもしれない。

薫役の江田 由起浩さん(河相我聞似)は、お若く見えましたが33歳だそうです。20代で通用しそう。
今回の芝居が当たったもうひとつの理由に、こちらも北海道は稚内出身の兄弟ユニット「SE-NO」が楽曲提供をしていたせいもあるのではないかと思います。
ナマ歌ではないんだけど、芝居のなかでテーマソングとして歌われてまして、芝居終了後、二人のライブパフォーマンスがありました。
なかなかいい歌声でしたよ。CD買ってる人が沢山いた。やはり若いおねーちゃん達。

SKGの主宰で脚本・演出を担当している すがの公さんやSE-NOの話から、「東京に来れた」というのはやはり非常に大きいことのように感じられているようです。
そりゃそうだ。札幌も都会だけど、やっぱり地方の人間にとって、「東京」って特別な場所なんです、きっと。
さんざん喋ってライブまでやって引っ込んだのに、カーテンコールあってビックリ。
SE-NOのお二人、感極まって泣いてました。男泣きは、いいね! 好きだ。

TIFとしては大成功の公演だったのではないかなと思います。よかった。
三月になりますと、イスラエル、クウェート、ドイツと、海外公演が続きます。
更にサラ・ケイン、サミュエル・ベケット、太宰 治の戯曲に挑戦する日本公演もバンバンと。
お時間あります方は是非、西巣鴨まで足をお運びください。
貴方のために、ゆっくりくつろいで頂けるカフェスペース作りに、汗を流していた我々です。
一般価格を多少 安くすることも可能ですので、興味を持たれた方がいらっしゃいましたら、ひと声おかけくださいな。

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そんで、二本目は友達の出てるミュージカル作品を。
いつも観に行く観に行くって言ってドタキャンしてたので、彼女を見るのはコレが二回目。
Lylac tone#6「Angela!」。四年生主体の団体のようで、今回で終わっちゃうのかしら。

可愛らしいお話でした。よく出来てるし、歌もちゃんと聴けたし。
ミュージカルは分かりやすくていいね。話を難しくしようがないじゃない。
「キレイ」は複雑だったけど、あれは例外的な気がする。
「レ・ミゼラブル」なんかも複雑なんかな。 「ベルサイユのバラ」みたいなもんかなと思ってるんだけど。種別的に。

楽しそうに演じて歌う友達の姿は、気持ちがいいね。
好きなことを頑張ってやってキラキラしてる人を見るのは清々しい。
それが辛い時期もある訳だけどさ。今は比較的、気持ちよく見れる。

先は読めるしオチはあっけないし、詰めは甘いけど、まぁ それはそれで。
何度も言うが、現代時報よりは良かったさ。うん。
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by ling-mu.m | 2006-02-26 22:53 | 芝居/舞台
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