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ダンスがみたい! 新人シリーズ4
学校に行ったら、日曜だというのにスーツ姿の人が続々とキャンパスに集まっていた。
大規模な企業説明会があったようです。
あ・・・あと一年は遊んですごしてやるもんっ(でも単位はヤバイので呼んで下さい)。

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昨日はどしゃ降りの雨の中、神楽坂die pratzeへ、友達の踊るのを観に。
「ダンスがみたい! 新人シリーズ4」のDグループでした。
以前、横浜にて同じ演目を観た(「ラボ20 #18」)のだけども、まぁ折角だし、と思って二度目。
今回は劇場内に知り合いが何人かいて、普段はそういうことが全くもって皆無なので、実はちょっと楽しかったです。

我が友のKeM-kemunimaku-Projectは、三人の女の子が三本、色違いのビニテ(かな?)の直線の上に立っていて、線に沿ってそれぞれが行ったり来たりする。ゆっくりと歩き出すところから始まり、最後は全力疾走で終わる。
一瞬の暗転の中に響く荒い息遣いは、二度目もその生々しさにぞくぞくした。

前回は、三人の動きが決して秩序立たないことにばかり目がいってた。
三人が足並みを揃えて動くことは決してなく、二対一になることもなく、ひたすら「ひとり」で、動き続ける。
横を見ることもしない。
話しかけることもない。
決して交わることがない。
それが面白いと思った。
今回はもうそれが分かっていたからか、逆に、今 揃っちゃってるんじゃないか? と思う瞬間が何度かあった。
でも今 考えてみれば、それはそれで全くいいことなんだよね。
「たまたま」揃ってしまったという構図も、充分に意味を持つというか。
要は三人がお互いに「無関心」であることが重要な訳で、その偶然は本当にただの偶然で、そうして彼女たちにとっては意味のない偶然なんだ。
「無関心」て言葉が出てきたのは今回。こないだは考えなかった。

追われてる風でもない、かと言って何かを必死で追っているという感じでもない。
目的のない疾走。
あるとすれば「空っぽ」になること、かな。
走りたくなりました。


二組目「和~yori~」という、大柄な女の人のソロで、これはもうただただ身体の美しさを楽しんだ、という感じ。
肉体美。
今まで数少ないダンス観た経験の中で、「肉体」という言葉を思ったのは多分 初めてだと思う。
「身体」はあったけど。
とても狭いハコで、鍛え抜かれた筋肉を、それが動く様を、目の当たりにしたから出てきた言葉だと思う。

ただ、踊っているだけならそれに見蕩れていればいい訳だけど、途中で喋り出されてしまって、困った。
いつもの悪い癖で、「うわ、解釈しなきゃ!」て。
多分この数秒後に台詞が発せられるんだろうな、という確かな間の後に言葉がきて、心構えはしてあったけど、アタシだったらここに何を言わせるか、などということも考えていたりしたけども、いざ喋り始められると、ううう、これは何を表しているのだ踊りとどう関係があるのだ? と。
気持ちよく止まっていた思考が回転し始めてしまう訳だ。
世界観、かな、と。
軽い感じで受け止めておきました。

三組目は四人組の「KAPPA-TE」。女3・男1。
揃って結構な大柄。やはりここでも「肉体」を思う。
途中で考えるのをやめて、その美しさ、四人という人数でのフォーメイション、を楽しむことにした。
最初はなかなか絡まなくて じれったかったけど、絡み始めたらコレが非常に面白い。
一組目は絡まない三人、二組目はソロだったからか尚更、人と人が一緒に踊るとこんなに見応えがあるんだと思って。

誰かがいて、またその人じゃない誰かがいて、人が二人以上いて初めて、真似るとか逆のことをするとか対称になるとか無視するとか縋るとか、そういうことができるんだ。
そんなことを改めて感じて、感動してみたり。
でも何より凄かったのは、女の人が男の人を、一瞬とは言えリフトしていたことです。
アレには目を剥いた。すげーぇ軽やかなんだもん。


総じて非常に充実した時間でした。
理屈こねくりまわすのを割と自然にやめれてたからかな。
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by ling-mu.m | 2006-01-16 02:20 | 芝居/舞台
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