<< 生まれてきてごめんなさーい 家族ゲーム >>
ハメツノニワ
世田谷のシアタートラムにてヒンドゥー五千回第13回本公演「ハメツノニワ」を観る。
この劇団を観るのは二度目。前回 観に行った時に次のも観たいなぁと思っていたので行ってみた。

非常に心根の弱る芝居だった。一過性みたいだけど。
もう、すげー意味が分からん。何だってこんな曖昧で小難しいもの作るんだ。
今のホン書きみんな変態なんじゃないの。

砂が敷かれた床。中央に向かって左右に置かれた二脚の木製椅子。天井に向かって伸びる梯子が真ん中に。

前回と今回、ふたつの芝居に共通してるのは、会話が何度も繰り返されること・会話の終着が殆ど怒鳴り合いになること。前回はさほど気にならなかったけど今回はそれが顕著で、それは卑怯なんじゃないのかと思った。
感情が高ぶってわめき散らすのは人の正常な心理かもしれないけど、芝居の上でそれをやられると、ひどくごまかされる感じがする。
無理矢理、感情をねじ込まれるというか。その時どういう気持ちで、という判断の幅を、ものすっごく狭めて、ひどければたったひとつに限定してしまう。
それはとても窮屈なことだ。
単純に、叫ぶ・怒鳴る声を聞くのが好きじゃないというのもあるけど。

何処かの建物の地下、人の出入りは自由。
幼い頃、そこで出会った二人の少年。
二十年以上が経過して、その出来事を覚えていたのは一人、忘れていたのが一人。
忘れられた少年(だった青年)が、何で覚えてないんだ、何で忘れてしまうんだと相手をなじる。
声を張り上げて。

その姿が悲痛で、見ていられなくて、というのもすごくすごくすごく、何かが、彼にシンクロして。
自分の中にある何処かが。
歯を食いしばって、怒鳴らないで怒鳴らないで怒鳴らないでって思いながら、見てた。
アタシも必死だった。すごく辛かった。

向き合いたくなんかないのに。放っといて欲しいのに。
そういうところを、えぐられた気分。

自分が他人にとって大事じゃないって思い知らされる悲しさ。
世界に置いてけぼりくらったみたいな寂しさ。
[PR]
by ling-mu.m | 2005-05-02 23:50 | 芝居/舞台
<< 生まれてきてごめんなさーい 家族ゲーム >>