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不在
b0026230_23194370.jpg好き:★☆☆☆☆

宮沢章夫・著。
宮沢氏が遊園地再生事業団の主宰者だと知ってHPに行ってみたら、観に行こうとしていた芝居「トーキョー/不在/ハムレット」の作者だと判明、これも何かの縁だし折角の機会だからと彼の演習を履修しようと思ったら見事に落選した。ので、やってられなさ いっぱいで読みましたこの小説。

読みにくい。
第一印象からそう思ったけど、最後まで読みにくかった。
小難しいとか時間がかかるとかいう読みにくさではなく(バイトの行き帰りの電車の中だけで読んでたけど2日ぐらいで読めてしまった)、読点をなかなか打たないんだよ この人。一文が長くて、あっち行きこっち行きするから、何が大事なことなのか焦点が凄くぼやかされて、惑わされる。
例えばこんな風。

  片付けも済み、勤めている者らに挨拶をすますと、ようやく北川辺ライブラリーをあとにし、
  家族ら、夫と子ども、そして、同居している夫の弟幸森、姑の安江がいない家に戻る夜が
  久し振りの解放にも感じられもしたが自転車で家に向かう途次、少し走った場所にある町
  役場のがらんとした駐車場に一台、濃紺の車があるのを見て取りぞっとしたのは、車に見
  覚えがあったからだが、車について詳しい知識を持たない巻子にはそれがなんという車種
  かわからず、ただ、色や形だけでそれを認識した。

長い。
いちいち疲れさせるこの文章の書き方は、わざとなのかホン書きもやってる者の癖なのか。
これひとつ読んだだけじゃ判断がつきかねる訳ですが。

読んでて思い出したのが、以前 観に行った「FRAGMENT」という芝居。
この芝居の中で長い長い独白のシーンが最初と最後に二回あるのだけど、そのときの台詞回しが確かこんな感じで。
芝居でやられる分には分かりにくさってのはないんだ。呼吸と一緒に出されるものだから、くぎりは向こうが与えてくれる訳でしょう。こっちで判断する必要がないのね。だから飲みこみやすい。
それを小説でやられちゃうと、もうずらずらと読むしかないから、大変なんだよ。負担が全部こっちにくるもんだから。

「トーキョー/不在/ハムレット」はこの話・・・そのものじゃなくても、これがベースになってるような芝居だと思うのだけど、そしたらきっとまた違う風に見えるんだろうなぁ。

最初は舞台を想像しながら読んでみたのだけど、すぐに無理だと思って諦めた。
こんな素人に簡単に想像できたら演出家いる意味ないもんな。そりゃ そうだ。
そんなこと試したおかげで、舞台には思いの外 制限が多いのかも知らんなぁ、とも思った。
例えば小説だったら「車で移動した」て言っちゃえば済むところを、舞台上じゃ車に見える何かを使って空間を移動したように見せなくちゃいけない訳で。
本物走らせちゃえばいいし、とは いかないでしょうし。
そゆとこが面白いと思うんだけどね。うん。

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「FRAGMENT」の話を出したついでに。
この芝居の中での中山の台詞、「あなたの破片ばっかりです」が、凄く耳に残ってる。
ふとした瞬間に思い出す、力の強い言葉です。
ナマの、人間の、熱と血を帯びた肉声のまま、残ってる。
そういう言葉を、沢山、聞けたらいいと思う。覚えていられたらいいと思う。
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by ling-mu.m | 2005-04-10 23:38 | 活字/漫画
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