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となり町戦争
b0026230_1531585.jpg好き:★☆☆☆☆

ある日、突然 届いたとなり町との戦争の知らせ。「僕」は、自分の通勤に支障が出るのではないか、程度にしか関心を寄せてはいなかった。しかし次に届いたのは、自分が偵察業務従事者となったことを知らせる通知。果たして「僕」は直接に戦争に関与していくことになる。その実感はいつまでも得られないままに。




三崎亜記・著。
新聞の書籍広告で見つけて興味が湧いて、買おうと思ったらバイト先が品切れおこしてて、いつまでも入荷しないので出先の本屋で買いました。
買うんじゃなかった。勿体無かった1400円+税。・・・いや、消費税ぐらいの価値はあったかなー。でもなー。
面白くありませんでした。
ちょろっと書かれたあらすじに惹かれて買ったのだけど、ちょいと期待ハズレ。

この物語の「戦争」は、自治体の「行政」の一環です。
町の活性化のために行われる、計画的な「予定」。議会で提案され、予算が組まれ、承認され、町の住人に知らされ、実施される。
住人たちは、それを半ば「当たり前」のものとして受け入れる。
でも、主人公である「僕」は、各地でこのような戦争が行われていることを知らない。行政で戦争が遂行されることが信じられない。
主人公ばかりが無知なのです。まるで一人パラレルワールドに迷い込んだような。
その設定が、どうもしっくりこなかった。もっと「戦争」に戸惑う人がいてもいい筈なのに、驚くほどに主人公だけがたった一人、何も分かっていないのです。暗黙の了解を理解できていない。

それに、「戦争」における戦闘行為が、あまりにも影ばかりで描かれている。
実際の戦闘シーンが出てこないのです。
行政とは言え戦争だから、兵士がいます。武器を持って戦います。戦死者も出ます。
でも、主人公が戦闘を目にすることは一切ない。だから、暗示される戦闘を気配で感じるしかない。
リアリティーを全く生まない方法で、戦争が描かれているのです。
何しろ主人公の目に、人が戦う姿、人が傷つく姿はまるで映らないのですから。
これは、もしかしたら筆者の挑戦なのかもしれない。
戦闘シーンを描かずに、どこまで戦争というものを表せるか。どこまでその恐怖や愚かさを表せるか。
もしそうだとしたら、その試みは失敗です。彼女の筆力では不可能だった。

戦争が行政、この発想は面白い。感情面を一切 排除し、誰も憎しみ合わない、恨み合わないというありえない戦争。それなのに人は死ぬ。
予定通りに開戦され、予定通りに終戦を迎える。全ては了解済みのこと。

ものすごく、読後感がキモチワルイのです。
それはそのまま、ここで描かれている戦争への気持ち悪さかも・・・そう思うと、私は筆者の思惑にまんまと嵌っているのでしょうか。
いや、でも、感情は動かされなかったから。感動もしてないし、憤りもしてない。
何も得ていない。だからアタシの負けではない・・・と思いたい。

冷たくて硬い。そういう印象の文章。
温度が低い文章は好きですが、もう少し柔らかい方がいい。
面白味がないのです。心に響く言葉もない。

帯で五木寛之や井上ひさしが絶賛してるんだけど、何を褒めてるんだか、アタシにはさっぱり分かりません。
買ってしまったのが、売り上げに加担してしまったのがすごく癪だ。腹立たしい。
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by ling-mu.m | 2005-02-22 02:00 | 活字/漫画
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