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金沢旅行記 3
10:00。
今回の旅の一番の目的である金沢21世紀美術館へ入館。
全面ガラス張りの建物なため、降り注ぐ陽光を存分に受けて館内はとても明るい。
逆に、天気の悪い日はどんな趣になるのかとても気になる。それはそれできっとイイモノなんだと信じたい。

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現在 開催されてるのは「21世紀の出会い―共鳴、ここ・から」という開館記念展。
まずは作品について。
一番 楽しみにして行ったものが、結局 一番のお気に入りになりました。
エランドロ・エルリッヒ Leandro Erlich の、「スイミング・プール」。
狭いトンネルを抜けて小さな小部屋に出る。床や壁にはゆらゆらと水面の模様。見上げると、そこにはたゆたう水の向こうに青い空。
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鼻に水が入らないように気を付けながらプールの底に潜って仰向けになって、てことをしたことがある人は多いと思う。そこにあったのは、そうして見ていた光景。
つまりは、強化ガラスの間に水を張って、水面だけを表現してみました、という作品。
時折、地上からプールを除きこむ人の顔が揺れる。
見下ろす人と見上げる人。空を見る人と底を見る人。とても近い場所にいるのに、互いの姿は見えているのに、空間を共有することは不可能。触れ合うことも、言葉でコミュニケーションをとることも不可能。そんな作品。
私は断然、見上げる方が好きだと思った。
ホントは写真を撮っちゃいけなかったかも? まー誰も写ってないし。ドンマイ。

それから、ジェームズ・タレル James Turrell の「ブルー・プラネット・スカイ」も好きだと思った。
これは、作品名よりその空間に付けられた「タレルの部屋」て呼び方の方がいい。
自動ドアを抜けるとひろーい空間に出て、空気が冷たい。
何で? と思って見上げると天井の真ん中が四角く切り取られていて、見えるのは青。空の青。
天井に四角い穴あけて、ホンモノの空を使っちゃいました、ていう作品。
凄い、ホントにいいタイミングで見たんだと思う。アタシが気に入るタイミング。
雲も飛行物体も移らない、ただひたすら青いだけの空。ムラもなく均一に。
外部と繋がってるからには、庭で子供でも騒いでりゃその声が聞こえた訳で、でもそこにあったのは静寂。物音ひとつしない、ぴんと糸を張ったような寒さの空間。
感じたものは無。自分が空っぽになる瞬間。
気持ちよすぎた。やーばいよ ここは。
金積んで貰えるなら欲しいと思った(最近そればっかだなー。心が貧しい証拠かな)。

プールもタレルも、天気悪い日に来たらどうなんだろう、てすごい興味ある。
それから、一日のうちでもっと違う時間。真昼、昼下がり、夕方、日没、夜。
この建物自体もそうだけど、自然環境にものすごく影響される、そこを考えてない訳がないから、好き嫌いはともかくとして、絶対 全然 違う姿が見られる筈で。
そりゃーまた来たくなるよ これは。そこだけでも確認したいもん。見てみたいもん。

他にも面白い作品は沢山ありました。
マイケル・リンの「市民ギャラリー」、できやよいやベアトリス・ミリャーゼスの絵画、ヴォルフガング・ティルマンスの写真、R&Sie・・・建築事務所の「聞いた話:ノード」、パトリック・ブランの「緑の橋」、ジュン・グエン=ハツシバの映像・・・・・・エトセトラ。
語ってるときりがないくらい、素敵な作品が盛り沢山で、とても楽しい場所でした。

が。
色々と、不満も、まぁ ある訳で。
作品毎に部屋が与えられている、という形なので、いち作者にひとりて感じで学芸員・・・というか、スタッフさんがいる訳です。で、一応その人たちはその作品の解説がひと通りできるらしい。皆さんファイルを携えてたので、おそらくそこにデータが集約されているのでしょう。
でねぇ、無駄に話しかけてくる人がいるんだよ。このスタッフの中で。
私は割と一人で楽しんでしまうタイプなので、自分から求めない限り、人の解説って欲しくないんだ。こうやって見てみてください、とか言われるのも好きじゃないんだ。
それから、その話しぶり。
「これはね、アクリルとかなんとかっちゅー素材で作られてるらしいんですわ」
「あ、あちらも一応 作品になっております」
「こういう芸術なんですよ。これも芸術作品なんです」
・・・・・・うーん。どうなの?
らしいとか一応とか芸術なんですって押し付けてみたりとか。それってどうなの。
と、思った自分にふと疑問。
アタシは、アートを何だか高尚なものに仕立て上げようとしてはいないか?
そういう言葉で語るな、てことは、もっと難く捉えろ、って、心のどっかで思ってるてことじゃないのか?
おおお。ちょっとへこむ。
でもやっぱ・・・作品を解説する立場の人としてはどうなの、と思ってしまうよ。せめて「一応」はやめようよ。誰かが丹精こめて作った作品な訳で、それを鑑賞者が大したことないて判断するのはアリだけど、紹介する側がそういうこと言っちゃ駄目でしょ。
少なくともアタシは萎えたよ、貴方のその迂闊な言葉にさ。

あとね、私が楽しみにして行った作品にまつわる残念な話がふたつ。
エルネスト・ネト Ernesto Neto の「身体・宇宙船・精神」。
夏に近美で開催された「ブラジル・ボディ・ノスタルジア」という企画展で出会った作品の進化版らしくて、私はこの企画展でホントにこの作品が気に入ってたのね。
ストッキングみたいな素材で作られた足元のおぼつかない空間に裸足で入って、そのふわふわした不確かな感触を楽しむ作品なんだけど、私は、天国がこういう場所だったらいいと思って。そしたらきっと幸せな場所だと思って。幸せな気分をくれた作品なんだけど。
それが進化してるってんだから期待するじゃない。
で、実際 金沢のそれは期待に応えてくれそうなものでしたよ。空間が大きくなって、寝っ転がれるクッションがあったりして。
でもねー。そこはもう、完全なる「子供の遊び場」で。
飛び交う嬌声。揺れが止まらない空間。
子供が、子供の騒ぐ声がどうにも嫌いな私にとって、そこはもはや癒しの空間などではなく。
天国などとは程遠く。
苦痛で怒れて悲しくて。
でも、そこでまた色々考えた。アタシが今まで行った東京の美術館に、そんな子供がいたことってなくて。
どこも大人が楽しむ場所で(学校の社会科見学とかは別にして)。
でも芸術って大人のためのものじゃないし。
むしろ子供の頃から親しんどいて損はないものだし。
だから子供が喜んでる姿って本来 歓迎すべきもので。
家族連れが多かったけど、休みの日に、じゃーちょっと美術館行くかー。なんて。いいじゃない。素敵じゃない。
そういう、気軽に来れる場所にすべきだ、てのは確かにある訳で。
・・・じゃあアタシが自衛すればいいんだね。て結論。
平日の夜とか、子供が少なそうな時間帯を選んで来ればいい。

もひとつ。この作品のスタッフさんは若い男の人で、私がブーツを履きなおしてる(この作品に入るときは靴を脱がなきゃいけないので)時に話しかけられたんで話ついでだと思って、これ近美で見たんですよー今回は新作らしいですねー。てことを言ったらば。
「そうなの、凄くなってるでしょ。東京には負けないよー」て。
・・・・・・・勝ち負けの問題じゃなかろう? 優劣をつけるものじゃなかろう?
と、ワタクシ悲しくなってしまって。
確かに、観光名所的な役割を担ってしまっている場所だから、人を集めなきゃいけない場所だから、そういう思いもあるでしょう。郷土愛から出た言葉でもあるんでしょう。
そんな大仰に受け止めることでもないのかもしれない。
けど。アタシは悲しくなってしまったのさね。興醒めしてしまったのさね。

スタッフさん達には、もう少し色々と、頑張って欲しいなぁ。と思いました。

あとねー、折角 建物が素敵なんだからむやみにセロハンテープで張り紙はるのやめて!
そこはお金かけてこだわって!
客に見えるところはとことん綺麗にピシッとしといて欲しい。
仮にも美術館なんだから。

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と、しょーもない不満をつらつら書いてしまいましたが、でもいい所です。
もし金沢行かれる方は、是非 ふらっと寄ってみて欲しい。
何か自分のフィーリングに合うものを、見つけられるかもしれませんよ。

これからどうなっていくかが楽しみだ。
きっとまた行こう。
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by ling-mu.m | 2004-12-29 03:16 | アート的な
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