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グーグーだって猫である
犬童一心が好きなのかどうなのか。を、検証するために『グーグーだって猫である』を観ました。
原作になっているコミックエッセイは読了済み。渋谷のブックファーストで、立ち読みで(コラー)。もともと、大島弓子の読者ではありません。

天才漫画家の麻子さん(小泉今日子)が、愛猫サバを亡くしたところから始まる物語。
麻子さんのアシスタントに上野樹里と森三中。麻子さんのお相手役に加瀬亮。
舞台は吉祥寺。
サバを亡くして気落ちしていた麻子さんの元に、新しい猫のグーグーが来てからの、賑やかな日常。とか、ウニャムニャ。


うーん。
好きじゃなかった―。
駄目だった―。

まず森三中の存在がなんだかなぁ。鈴木おさむが噛んでんの? て思っちゃう。
別に嫌いな訳じゃないけど、三人そろって出ちゃうと、もう「森三中」以外のナニモノでもないから、ちょっとウルサイなぁ。
まぁ、観てるうちにだんだん どうでもよくなってはいくんだけども。

同じように楳図かずおの存在もなんだかなぁ。必要? これ必要? みたいな。

同じようにマーティ・フリードマンも…。狂言回しってほどの役割でもないしなぁ。
最後に重要な人物だから、あらかじめ出しといて伏線的な、て考え方か。どうなのか。うーん。

あと、まぁ何か普通につまんなかった。ストーリーが。
もともと原作とはだいぶ違う訳で…どうしても、「大島弓子」って人が実際にいることを考えてしまうよね。
そこにきて、「角川書店」とか「野生時代」とか、固有名詞でまくりで。
もっとフィクションフィクションしてる方が、受けとめやすいなぁと思った。

麻子さんのキャラクターは好きだけど。
あと猫が可愛い。

結果的に、私は犬童一心自身はそんなに好きじゃなくて、渡辺あやの脚本が好きってことになるのかしら。
もうちょっと観てみないことには分からんが、セカチューとか観る気にならんしなぁ。

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by ling-mu.m | 2009-04-20 00:29 | 映画
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